七夕・雑話
2017年07月07日 (金) | 編集 |
 本日、七夕です。
 が。
 なんどもいうようで(たぶん毎年言ってる;;)恐縮ですが、これ、やっぱり旧暦でやりましょう、と思います。仙台の七夕はそういう点で「正しい」と思う。

 旧暦——太陰暦にすると毎年、日付が違うことになってしまいますが、でもまあ、お祭りだったらいーじゃない。旧暦だと下手をすると1ヶ月近くズレが生じたりしますが(そんで閏月があるわけね)でもまあ、それはそれでいいかなと。

 源氏物語を読むと七夕はもう、夏の終わり、秋の始まりの行事。季節感覚がぜんぜん違うので、むかーし最初に源氏を読んだときは「??????」状態でしたね。
 旧暦7月は、現在の8月〜9月に入るので、まだ暑いとはいえ、日が暮れるのが早まっているのも感じるし、夜には風の涼しさが違うから、もう夏も終わりだな、というのを感じる頃ですね。

 七夕は本来は、そんな季節にある行事。

 七夕の日に雨が降ると、天の川が増水してしまうので、織姫、彦星は川を渡れず、逢うことができない。年に1度の逢瀬が文字通り「お流れ」になってしまい、悲しみの涙となる——ということでこの日に降る雨を「濯涙雨(さいるいう)」というんだそうで。

 雨が降ると逢瀬が無しになるというのは子供の頃から聞いてはいたけれど、「濯涙雨/洒涙雨/催涙雨」という言葉を最初に知ったのは、山岸涼子さんの「日出処(ひ・いづるところ)の天子」(通称『ひでとこ』)でした。(^^ゞ

 短冊に願い事を書いて、笹の葉に結んで吊るす、というのも思えば面白い風習ですね。厳密にはいつ頃からやってることなんでしょうか。
 七夕は、シナから伝わった七夕(しちせき)のお祭り、お節句と、日本にあった棚機津女(たなばたつめ)の伝承が習合したらしいのですが——なんでそんなことが習合するのか;;
 
 それをいったら日本神話の蛭子(ひるこ)尊と、インドご出身の神様、恵比寿が習合したというのもけっこう謎ですね;; 恵比寿さんは元は戦神だし…事代主尊とも集合しているし……謎……。

 ということで(?)七夕の願い事は本来は棚機津女に願うもので、彼女は字を見ればわかる通りで機織りの神様。故に、彼女の職掌に関わることはお願いできるけど……現代では短冊を見ていると、ゲーム機が欲しいとかっていうのもあり、いやそれは神様の管轄外だから、とツッコミたくなります(笑)

 ま、楽しければなんでもいいじゃない、といういい加減さが日本文化の特徴とも言えるので、あんまりカタイことは言わないで;;

 お節句といえば飲食物も大事なこと。
 七夕というと元は索餅(さくべい)、現在はこれが変化しまくってそうめんになっているそうです。

「七夕そうめん」 暮らし歳時記
http://www.i-nekko.jp/shoku/2012-062810.html

 何かと夕食の献立に悩むかたには、今日は〇〇の日だから夕飯はこれ! と決められるのってありがたいんじゃないでしょうか。
 本来、西日本の行事なのに、ほぼ全国的に恵方巻が定着したのはそういう理由からだと私は思ってる(笑)

 そんなわけで今日はそうめんにしよう——と考え中。

 新暦では7月は梅雨のクライマックスであることが多いので、旧暦でやった方が織姫、彦星のためにはいいと思う、と言いながら、そうめんをいただく——なんてのも、矛盾に満ちておりますんでしょうね。(^^;)
 
 
 

——たなばたの逢ふ瀬は 雲のよそに見て
   別れの には(庭)に 露ぞおきそふ


(源氏物語 第四十一帖『幻』)



 ——星の逢瀬を他人事として眺め、二星が別れていく今も、庭に降りる朝露に自分の涙を添えるだけだ——というくらいの意味。
 星合(ほしあい)は年に一度でもあるんだからいいじゃない、自分にはそれもない、と、紫の上を亡くした源氏の嘆きですね。

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