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2017.07.06 (Thu)

本というもの

 昨日1日お休みしたら、曜日感覚が狂ってしまいました。……今日って木曜日?;;
(あ、まだ認知症ではありません;;)

 空梅雨気味の年は、梅雨も終わる7月になって大雨になるんだ、と亡父がよく申しておりましたが、今年もそういうことになっているようです。
 台風が速度を上げて、さーっと通過してくれたので、よかったなと思っていたら、梅雨前線が刺激されたのか、大きな被害となっていますね。
 そうかと思うと水不足が心配されるところもあるそうで、どうも最近の天候は極端すぎて、——どうしてこうも偏ったことになってしまうんだろう……。

 もう雨量は平年の1〜2カ月分「以上」降っているそうなので、西日本側は梅雨明けでいいでしょう;;
 天気予報を聞いているとまだ降るみたいで、心配&うんざりですね;;
 早く天候が回復してくれますように。

        ●



 昨日、RTされてきた、「#本の名言」。
 ああなるほど、確かに、と思いまして。

「万人に共通の必読図書などありはしない。ただ、それぞれの人にとっては、そうではない。それぞれの人に応じたこれだけは読んでおかなければならないという本は存在する。
 ヘルマン・ヘッセ 」



 あらゆる言語のあらゆる本を数えたら、グーテンベルク以後としても、一体どれほどの数の本があるだろうと考えると、ちょっと気が遠のきます。
 気が遠のくのは、可能であればそれらを「すべて」読んでみたいという欲求があるからで、そう思わないなら「ふーん」で済む話ですよね。

 いずれ一生の間に読める本の数なんてたかがしれている。本というのも、それもまた「出会い」ですよね。
 自分にとって必要な本、何かを示し、導いてくれる本というのは、数は多くないかもしれないけど、確かにある。

 本屋さんのような「本のソムリエ」みたいな人は別にして、誰かが強くオススメしてくる本を、そうかそこまでいうのなら、と思って読んでみると、案外、さほどでもない、ってこと、結構ありますね。
 本のソムリエみたいな人は、これはもうさすがというほかはなく、その人の求めるもの、本を求めている理由、状況、というものを聞いて、これはいかがと勧めてくれる。

 でも、個人的に自分が読んでものすっごい感動して、素晴らしい! と思ったからあなたも是非、というのは案外「ハズレ」る。

 これは結局、その人と自分とは、求めるものも何もかもが「違う」からなんでしょうねえ。
 本を読む、そこから何かを感じ取るというのは全く個人的な体験。
 なので、自分が感動したからって他人も感動するとは限らない。
 
 ソムリエの場合はちゃんとその人の「ニーズ」を聴き出しますもんね。その上で、これがいいかなそれがいいかな、と言ってくれる。自分個人の体験を押し付けてくるわけではない。

 私の知人に、人の顔を見ると「何か面白いこと、楽しいこと、ない?」っていう人がいまして。
 最近何か楽しいことあった? と聞かれるんですが、もちろんあるけど、私が楽しいからってアンタが楽しいかどうかはわからないよ、といつも答えております。

 いうと、鼻白んで黙ってしまいますが、本当のことなのでしょーがない。(^^;)

 楽しいことというのはその人の、いちばん個人的な、根本的な「感覚」なんでしょう。もちろん共有してくれる「仲間」になる人も大勢いますが(ありがたいことです。(^人^))、世の中、そうではない人の方が数は多いでしょう。

 考えてみると、本もそれと同じだなー、と気がついた名言ツイートでした。

 同じように人生で悩む人があっても、苦しみの元は多種多様。個人的な部分が大きいですよね。
 そういう時、生身の生きている人間に相談するよりも、本屋さんや図書館の棚の前をぶらぶらし、「何気なく目に止まった」「手に触れた」本の方が、「救い」に近いものだったりする。

 自分に必要なものなら、時間がかかっても必ず出会える、とは思いますが。
 本の面白いところは「時間を超える」ところかな〜。

 もう10年以上前に買って読んだ本で、そのときは、まあそれなりに面白いとか感銘を受けたとかあったけど、そのあとは本棚へ入れたきり。
 何年も経ったある日、ちょっと行き詰まりのあって悩んでいるとき、「何の気なしに」久しぶりに手にとってページをぱらぱらっとやったら、もう天啓かというくらいのドンピシャな言葉が目に止まる。
 あの衝撃。

 しばらく息をするのも忘れて目がその文字列に釘付けになり、この本、こんなこと書いてあったっけ?! というくらいの衝撃を受ける。

 あるんですよね、そういうこと。
 本をなかなか捨てられないのは、そういうことも理由のひとつ。
 縁があってここにある本だから、また、時間を超えたどこかで新たな出会いになる可能性があるかも——と思うと、なかなか。ねえ。
 これってビンボー症かなあ? (^^;)

 出会いというのは当たり前のものではないので——、本当に必要なら、たとえ手放してもまたどこかで出会えるとも思ってはいるのですが、でも、だからってズサンに扱っていいとも思ってない。

 本当にこれ、どーすんのよー……と、もう容量超えた本棚を眺めてため息が出ることもあるんですが、……でもヘッセ大先生(笑)の名言に、やっぱり、これは大事にしないといかんのですわ……、と、自分に都合よく解釈したりして。(^^ゞ

 寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったけれど、それだって本じゃないですかセンセイ。と思ったことを思い出しました。
 いくら積み上げた本を目の前にしていても、時間が経つばかりでいっこうラチがあかない、ってことはある。
 そういうときはもう、本を閉じて町へ行くのがよろしかろうと思います。

 良い出会いが、またそこにありますように。
 
 
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