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2017.06.18 (Sun)

情けは人の為ならず

 モテるモテないの話になると、女性よりは男性の方が顔や外見のことをより強く主張する傾向があるように思います。
 これは物事の裏返しで、男性はやはりビジュアル重視であり、「見る」ことから欲望が始まる(by レクター博士)リビドーの関係もあって、男性がそれだけ異性については外見を重視している、ということを示すものなんでしょう。

 もちろん大抵の人は性別関係なく、自分の外見が美しいと思われる方が嬉しいでしょうが、それだけで「すべて」が決まると思うかどうかは、また別のこと。
 で、私の周辺では、「自分はモテない」という嘆きの場面において、女性よりは男性の方が自分の外見をまず第一にいう「傾向」が強い。
 私の見るところ、女性はそこまでは男性の外見にはこだわらない。なぜかというと女性からすると異性とは男性のことですが、この異性というもの、何がどうであろうとその外見は見て麗しいものではないから。(身もふたもない…)

 超絶美形ならいいんだろうと思うでしょうがそれは甘い。

 外見といえば顔のことばかりではない。こう言ったらなんですが二次性徴後の男性は、お世辞にも「美しい」生き物とはいえない。このあたりについては私は気の毒に思うほど。
 カフカの「変身」の、自身の姿への絶望感、その描写に衝撃を受け、次には、これは女性には生涯理解し得ない感覚なんじゃないかと思ったことがあります。
 あの虫の解釈には色々あると思いますが、私は、「この描写は一体なんだ」と衝撃を受けて以後、けっこう長いこと考えていて、思いついたのはそんな「解釈」でした。
 私見で失礼をいたします。

 話が脱線したので戻しますが、そりゃまあ外見を気にしないとは言わないけど、実際、男性が女性にモテるかどうかは外見のことはさほど問題ではない。少なくとも優先順位1位ではない。
 何が、モテるモテないを分けるのか。
 ——それを知りたかったら江戸時代の色里の話を聞くといい。
 というのが私の思うところ。

 ある程度のランク以上の女郎に限ったことではあるにせよ、公許の遊郭においては、モテるモテないというのには、客の外見も地位もお金も、あまり関係なかった。
 もちろん上客であれば表面上は丁重に扱われますが、モテない客への「実際の」評価、扱いは、読んでいるほうが気の毒に思うくらい(ひどい)。

 ああいうところでモテないと、野暮、野暮天、田夫、浅黄、浅黄裏などと、えらい言われよう。
 浮世絵には揚がっては見たものの、一晩中待ちぼうけにされて敵娼(あいかた)は現れず、結局そのまま朝になった、という気の毒な客の姿もありますが、そういうことは実際にあったらしい。

 お金を払っているのに、などと言ってはいけません。
 そこで騒げばなおバカにされる。

 たしかに買春には「疑似恋愛」の性質があるんでしょう。本人は甘酸っぱい恋愛気分でもある。それはわかる。
 でも、その恋愛のアタマには「擬似」の二文字がついているのを忘れてはいけない。
 擬似と言ってわかりにくいなら、「仮想」ってことですよ。バーチャルね。

 粋な人とされてモテたのは、「仮想空間」であることを忘れることなく、その絶妙な、虚と実の距離を保ちながら遊べる人。
 仮想だからと薄情、酷薄になることはない。けれども人間関係であることは忘れない。いわば思いやりというものは持ちながら、これはあくまで仮想の恋愛だということも忘れず、また、女郎衆だけではなくそこに働く他の女性たち、妓夫をはじめとする店の男衆にも心配りもできる人。

 遊びは遊びで楽しみながら、「現実」のことも忘れない——そういう適切な関係を保っている人は、「粋」と呼ばれてモテたわけですね。

 じつのところ。
 これ、現代でも(売買春でこそないけれど)通用するんだよなあ……、と思ってツイッターなどを眺めていたんでした。

NMB須藤凜々花「結婚します…」 衝撃が走った総選挙舞台裏
2017-06-18 06:00 ORICON NEWS

 詳細なことは私はなーんにも知らないので申しません。が、そもそもお年頃の女性に「恋愛禁止」って意味わかんねえと思っているうえ、恋愛だろうが結婚だろうが、それはその人のプライバシーですから、そこで「怒る」意味が尚更わからん、と思っているところ。

 仕事に支障が出るのではない限り、その人のプライバシーは「顧客」には関係ありません。「仮想」ではない「現実」では、赤の他人である人間が、口出しするようなことじゃない。

 それに、いくら金をかけたと思ってるんだというのは最悪の言い草。これはもうモテるモテない以前の問題。

 ファンなら祝福してやれよ、というのはもっともなれど、でもそこまでは言えないというお気持ちもお察しします。
 でも、本来その人は「仮想現実」だということを、ちゃんと認識すべきだなあとも思う。
 ファンと称する人がストーカーから殺人鬼にまでなった事件もありましたが、どうも今は、粋というのはその概念すらなくなり、田夫野人がむしろ自己正当化をして大威張りするのかと思うと、………どうもね。

 ここでは主に男性ファンの態度についてのことですが、これは女性にも言えること。
 ホスト遊びに狂ってしまった人の話も聞きますが、同じこと。たぶんこのへん、ものの本質は同じですね。

 公私混同をしない、ということが、「滅私奉公」を美徳してきた日本にはなかなか定着しませんかねえ? とも思ったり。
 ……とはいえ、日本よりも個人主義が浸透しているはずの文化圏においてもやっぱりストーカーは存在するから、最終的には「人の業(ごう)」ということになるんでしょうが。

 おめでたいことなら祝っておあげなさいまし。できる範囲でいいから。
 それが自分自身のためでもあります。

 誰かの喜びは素直に喜んであげること。
 それは誰かのためではなく、自分のためになることなので。
 
 
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タグ : 人間

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