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2017.06.15 (Thu)

古典落語「平林」

 私も最近いよいよボケぶりがひどくなってまして、このブログも、こういうことについて書こうと思っていたはずなのに、いざパソコン前に座ると、何を書こうと思っていたか忘れている、ということが続出してます。(^^;)

 同じ年齢の方々はそんなあたりで「年齢による衰え」と感じるらしいんですが、私の場合は10代のころからそんなんだったので(……いえ本当に)、特に年齢によるものという感じは(あんまり)ない。
 ただ、そんな現象が起きる頻度が上がっているので、ああ年なのねという感じ。

 古典落語に「平林」というのがありますが、主人公の丁稚(でっち)(だと思う)の定吉(さだきち)くんが、もうどうにもこうにも気の毒になるほど、他人ごととは思えなかった、というくらいのボケでしたからねー……。

「平林」はひらばやし、または「たいらばやし」と読むと思われます。
 定吉くんが番頭さんから手紙を届けるように言われるのですが、定吉くんは字が読めない。ので、宛名の「平林」も、「ひらばやし」さんだとは教えてもらっていくのですね。
 忘れないように、ひらばやし、ひらばやし、…と言いながら歩いていくんですが、水たまりを避けようとして「どっこいしょ」とつぶやいてしまい、その瞬間、彼はもう「ひらばやし」を失念するのですね。

 忘れちゃったなら人に読んでもらえばいいやと思うのですが、読んだ方もこれまたデタラメってところから定やんの悲劇は始まる……。

東西落語特選「平林」
(↑↑ 読みやすいお話なのでよろしければどうぞご一読を♡)

 ………これがもう本気で他人事じゃないんです私;;
 平林くらいは読めますが、類似の案件は山ほどあります;; もともと、それくらいひどい脳味噌。
 元々がアレですから、多少、加齢で衰えましたと言ってもあんまり違いを感じない——というのは、ひどい脳味噌を持ったことの(数少ない)メリットかなとも思うこの頃。

 ……とはいえ、単純に知能だけの話にすれば、人の知能は50、60代くらいがピークとも聞きました。
 実際には、脳みそは、老化による衰えよりも、これまでの経験なり考えてきたことなりの積み重ねと「熟成」で、むしろまだまだ賢くなるんだそうですね。

 さすがに80歳代以降になるとそうとばかりはいえなくなるのかもしれませんが、知能のピーク時は60〜70歳代だとするなら、私なぞが老化を嘆くなんてのは気障りでいやらしい、ってことになります。(^^;)

 まあ、現実問題としては、知能の面ではそうであっても、内臓や神経の機能の衰えが、せっかくの円熟期の知能を生かすには、障害になってしまう、とは言えるのかもしれません。
 でも逆にいうと、身体面が健康に保てるのであれば、まだ賢くなっていける、とも言える。

(あとは、先日話題にしましたセクハラGGみたいなのを見てもわかる通りで、むしろ年齢よりも人間性の方が問題とも思われますが、それをいうとまた面倒なことになるのでここでは触れないことにします)

 そう考えている方が楽しくていいんじゃないでしょうか。

 若いもんには負けない! と言って「無理をする」のも趣味じゃありませんし、「もう年だから」と不必要に(自分から)老け込むのも趣味じゃない。
 自分はまだまだ賢くなれる、と思っていると、好奇心も磨耗する暇もなくていいんじゃないかと思います。

 ……え、見た目?
 見た目は、まあ……、それなりに(笑)
 それこそ、元が大したことはないから、歳をとったからどうとこだわる必要もない気がしますね。人様に不快感を与えないように身だしなみができていれば、ひとまずはよろしいんじゃないでしょうか。

 ただ、猫を見ていると、ああいいなあ、と思うのも確かですけども。
 猫にはシミもシワもたるみもほぼない。人間でいうと(飼い猫さんで栄養状態が良ければ)80歳くらいまではその美貌にはほぼ衰えがありません。

 昨年18歳で亡くなった猫がいましたが、彼女もギリギリまでほんと綺麗なサビトラでした。
 猫はなかなか美貌が衰えなくて、いいねえ、うらやましい、と言いましたところ、興味なさそうに目を細めていたのが思い出深い。
(目と目があったとき、猫が目を細めるのは挨拶。人間語でいうとこの場合は、あらそう、って感じでしょうか)
  
 
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