喫煙者にとっても快適に
2017年06月08日 (木) | 編集 |
【日本代表】本田がシリア戦直後に電撃ツイート!その内容はサッカーではなく…
2017/06/6/7(水) 0:00配信 Yahoo!ニュース—SOCCER DIGEST Web

 まあ既得権益っちゃあ既得権益でしょうね……。

 昨夜のサッカー日本代表、キリンチャレンジカップは横目で見る以上のものがありましたが、でもいちおう、リアルタイムでみてました。対戦相手がシリアということで、「……大変ですねえ……」という妙なしんみり感が;; 個人的に;;

 で、その試合直後の本田圭佑選手のツイートが、試合に関係するものかと思いきや、今国会での成立断念となった、受動喫煙防止法案の話題だったとのこと。
 
 さすがにトップアスリートでは喫煙者というのはほぼいないようですね。ちょっと意外に思うほど、スポーツ関係の方からは受動喫煙防止を、法的にきちんと整備することには賛成、というよりさらに踏み込んではやく実現したいという熱意すら感じます。

 喫煙をするなという話ではなく、ご病気の方や未成年者、子どもには深刻な健康被害となるのでやめようというだけのことが、なぜこれほど抵抗されるのかが、私にもわかりません。
 吸いたい人は吸えばいい。ただ、これは黙って山盛りチョコレートを食べるようなこととは違い、どうしても周辺へ「害を及ぼす」ものだから、その害をなくしましょう、と言っているだけのこと。

 なのに、私は今のところ、「喫煙は加害行為」ということを素直に認める喫煙者には会ったことがないのです。
 なぜ自分の行為が人様の迷惑(…命に関わることだから迷惑どころじゃないんだが)になることを、認められないのか、それが私にはわからない。

 まあこういうことを言って素直にそうですねと言ったスモーカーにはお目にかかったことがない。もしそういうかたがいらっしゃいましたら、いえ私は気をつけてます、ということを、もっと発信していただきたいと思いますね。

 街中で、まして子ども相手に鉄パイプ振り回すとか刃物で切りつけるとかが許されると思う人はいない(犯罪者でもない限りは)……はずなんだけど。
 なぜ、喫煙者は、タバコの煙(に含まれる有害物質)を撒き散らす危険性を「認めない」のか。

 そういうあたりを認められず、医学や科学的な説明を聞いても「理解できない」ってところで、すでにタバコの害で脳味噌やられているんだよ、という話も聞きましたが……そういうことなんでしょうかねえ。

 飲食店でタバコを禁止にすることが主な「抵抗の根拠」になっているようですが、実際には、全面禁煙にしたら売上が伸びたというデータすらある。それもまるっと無視。
 それで何をいうかと思えばものすっごい感情的になって、「怒り」をぶつけてくる。
 そう、スモーカーはタバコが臭いとか食事中にタバコの匂いや煙があると一気に食事がまずくなる、と言っても「怒る」んですよね。なぜ怒るのかが未だに私にはわからない;;
 
 本田選手は、既得権益か、とおっしゃってますが、それもあるでしょうが、実際には、その感情論が一番根強い気がします。
 喫煙者の言うことを聞いているとものすごい「被害者意識」があるのがわかる…。うーむ。人を殺しておきながら自分が被害者だというのは、どうしたものでしょうか。

 とはいえ。
 非喫煙者の、喫煙者に対する言動には目に余るものがある。これも事実なんですよね。
 ただでさえ喫煙者は冷静に話ができない人たちなんだから、対する方までが感情的になってしまっては、それはもう最後には殴り合いの喧嘩になります。これでは何の解決にもならない。ご病気の方、子供を守るということが置き去りにされてしまう。

 非喫煙者におかれましては、冷静に、「なぜ喫煙の制限を求めるか」をご自分でも問い直し、感情的な怒りはどこから来るのか、怒りは「必要」なのかを、お考えいただきたい。
 なんせ片方はもう基地外じみて理屈なんか通じない状況なんですから、アレと同じレベルで対応するわけにはいかんでしょう;;
 基地外に対し基地外で応じてしまっては、話が進みません。

 喫煙は喫煙でしてもらって結構なので——、受動喫煙の防止とともに、共存しつつ快適に喫煙できる環境の整備、ということを、もう少し考えたらどうかなあ、と個人的には思っています。
 受動喫煙の防止とは言いながら、現在のそれだと、ただ喫煙をやめろというだけであって、喫煙者にとっての快適な環境整備なんて誰も何も言わないですもんね。

 やっぱりそのへん、「片手落ち」なんじゃないだろうか。現況は。

 この辺が、喫煙者の方が「迫害されているという強迫観念」「被害者意識」「被害感情」を持つ理由にもなっているんじゃないかな。
 そのあたりも考えて——人様の健康を考えれば一刻も早く、法整備の実現がなされるように、(観念論ではなく実利主義で)強く願います。

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