一心同体
2017年06月05日 (月) | 編集 |
 頭ではわかっていても感情がついてこないとか、人に言うときはそれなりのことを言えるのに、いざ自分の身に降りかかるともうダメダメになってしまうとか、あるよなあ……と。
 そんなことをぼんやり思ったので、メモ的に。

 まったく不当と言うか的外れの悪口を言う人たちがいて、その人たちのターゲットが他人であれば、いやあんなのまともに聞くことはない、と言うし、それはまったくそのとおりなんだけど、自分が悪口を言われる立場になると、頭ではわかっていても、やっぱり落ち込むし傷つくし腹も立つ。

 そんなとき、人様から、相手にするような連中じゃない、と諭されれば救われるしほっとする。
 感情的に傷ついたことには変わりはなくても、気持ちの重さが変わりますよね。
 これ、自分で自前にできればいいんだけどなあ……と、ときどき、そんなことを考えてます。

 頭ではわかっていても、いくら自分で自分に言い聞かせても、感情的には間に合わない。でも、他の誰かから言われれば、そうだよね、とホッと気分が軽くなる。
 自分のこととなるとどうも感情の方が重くなる。でも人様から助け舟を出してもらえると割とさらりとそこから抜け出せる。
 わかっていることなら自分でぜんぶできても良さそうなものなんですが——「人間」の面白いところなんですかね。

 本来「人間」は文字通り、人と人との間、つまりは世間とか世の中、という意味だ、という話を聞いたことがあるようなないような。(^^;) ←あてにならない記憶力

 人様の悪口や陰口、呪いの言葉などはいうものではない。というのは道徳的な話じゃなくて、もっと実際的なことで、人様の悪口を言うとそれは自分の身の上に実現してしまうから。
 潜在意識は、自分と他人を区別しない。誰かに向かって地獄に落ちろと呪えば、それを聞いた潜在意識は、誰かのことだとはおもわず、自分で自分に、そのようになるプログラムを組んで実行させてしまう。
 
 人を呪わば穴二つ、というのは、心理学からも「正しい」ことなんですよね。

 だから自分がこれ以上痛い目を見たくないなら、悪口は言わないこと。言わなくても腹のなかで思ってりゃ同じだろうといいたくなるでしょうが、そうでもない。
 言葉にすることと、黙って腹のなかで思うことは同じではない。もちろん腹のなかでもキレイにしておけるなら一番いいけど、ま、それはなかなかね。(^^;)
 言葉にするというのは、プログラムを書いて実行のリターンキーを叩くようなもの。
 紙に書いただけならさほど問題はないけど、実行キーを押したらそれは現実になる。

 世の中にはじつにひどい悪口と呪いが溢れている。でも、だからってあれが「正しい」わけでも「正常」なわけでもない。——そういう言葉が溢れる世界だから、アタシらはこんな世界に住む羽目になってる、という方が実際じゃないですか。

 なぜ潜在意識は自分と他人を区別しないのか? ——それは、元を正せば、この世界のすべては、同じ「ひとつ」から発生しているから。かもしれません。

 宇宙創生の話を聞いたことはあるかと思います。圧縮されていた空間が一瞬でビッグバンと言われる大膨張を起こし、非常な高温となった宇宙の中でさまざまな物質が作られ、現在の宇宙となって満ちていった。
 人の体ももちろん、その物質でできてますよね。
 物質の、元の元の元の元をたどると、私どもはたったひとつの根源から現れたわけです。

 大嫌いなあの人とも、物質レベルでは「同じ」源から発生したもの同士であり、根源を辿ればあの人と私は「一体」だった。嫌いなあの人とあなたは、今も一心同体です。
 ……って考えると、どうです、気持ち悪いでしょう(笑)

 人間のエゴから見ればいろんなものは分断されて孤立して存在しているようだけれど、その発生の「もともと」はひとつだった。これは間違いないところ。
 だから意識もまた、自分も他人も区別しないのかもしれない。

 なんにしろ、潜在意識は、他人に向けた悪口も自分のことだと思ってプログラムを書いてしまうのは確かなことなので、だから、悪口は言わない方がいいってことになる。
 これは道徳の話じゃない。あなたの「実利」の話です。

 感情は感情で大事なものなので、感情が示す「信号」も無視はできませんが、でも、嫌いな誰かと心中するような真似はしたくないなら、誰かの悪口なんてもんは、言わない方がいい。
 そんなことを思い出しております。


 ………すみません、この話にオチはありません。(^^ゞ
 
 
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