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根は同じ

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タブー視される日本の性教育  今のままで良いか?
2017/05/24(水) 10:51 配信
https://news.yahoo.co.jp/feature/612

 まあヤフーの記事なんでしょーがないとは思いますが、この記事には、
「世の中てのはどーしてこう頭の悪い奴の方が先に目につくんだろう」
 と、ゼツボー的な気分を濃厚にしてくれるコメントが付いているのでちょっと悩んだんですが。
 はっきり言ってコメント欄とか見なくていいです。不愉快になるだけです。

 引用しましたタビトラ先生のツイートにもありますように、性教育というとアダルトビデオの内容を思い浮かべる人が多いみたいですね。あれは、むしろこっちが聞きたい。なんでそうなるの?
 取り上げるのは、保健衛生、公衆衛生の問題なんだし、道徳というより「現実そのもの」の話ですよ。アダルトソフトの出番なんかこれっぽっちもないよ。

「知らない」ことが原因で起こる問題や悲劇を防ぐことが大事。ほんの少しの知識を持たないせいで、その後の人生が狂うこともある。
 それを防ごう、というだけのことが、なぜこれほど理解されないのかが理解できない。

 セックスというものが、なぜ、これほど歪んだイメージで捉えられているのかが私にはわかりません。
 医学や衛生の話として捉えられず、何か——「口にしてはいけない」「陰湿、陰険」なもの、「反道徳的なもの」という扱いをされている。なぜです?
 
 ミョーな道具や特殊な嗜好については詳しいのに、基本的な生殖に関する知識、衛生学からの知識が「ない」人も多くてびっくりする。
 エイズの話をしていても、未だに「空気感染」すると思ってる人がいて(本当です!)、誰か私を殺してくれ! とわめきたくなることもある。

 それで、ちゃんとした説明をしようとすると「変なこと言わないで」と遮られたり(変なことってなんだよ。エイズが空気感染すると思い込んでる以上に変なことが世の中にあるのかよ)、露骨に嫌な顔をされたり、何を言ってもあーはいはいって感じで聞いちゃいないってことも。
 説明して、わかったのかな? と思った次の瞬間、「でも…」と言って最初の質問を繰り返されることもある。

 ……今、思ったんですけど、これって「放射脳」と同じですよね…。
 強い思い込みがあり、それに対して疑問を持たないし、持つことを自分のみならず他人にも許さない。
 情報や知識の「更新」をするという考えもない。
 理由はわかりませんがその「思い込み」に自らしがみつき、思い込みを崩そうとする他人があれば、これを殺そうとさえする。
 
 この精神の殺伐さはいったいなんなのか。

 こういう話をきちんとできない人ほど、実際には、セックスに歪んだ興味と妄想を持っていることがだんだんわかってきて、一時期は私もずいぶん考え込んでました。

 問題なのは、なぜか、社会全体がそうなってる、てことなんですよね。

 おおもとは——あんまり私もこういうことは言いたくはないですが、明治からこちらの、男性の価値観や考え方一辺倒だったことに、どうしてもたどり着く。
 この辺をいうとミソジニストが文字通り「発狂」するので私も嫌なんですけど、しょーがない。あの当時の社会の「倫理」というものがどんなだったか、ちょっとでもいいから掘り返してみるといい。歪んだものの考えの系譜が見えるから。
(見えないかもしれないな……放射脳と同質なら……)
 
 男性の価値観が問題なのではありません。何かを決めつけてそれ以外を一切認めないという「態度」が問題なんですよね。だから、これが仮に女性の価値観でも同じことです。

 性的少数派に対して信じがたい偏見に満ちたことを平気で言う人は、大抵、突っ込んでいくと「そんな(詳しい)ことは知らないけど」と、なぜかバカしたような半笑いをするんですが、詳しいこと、きちんとした知識がないのになに威張ってんの? 知識がないことが「エライ」と思ってんの? ——バカにされて冷笑されるのはそういうあんたの態度の方だぞ?

 結局——どの問題も根っこは同じで、「自分が持っている”思い込み”からほんの1ミリも動けないもの知らず」、「もの知らずが、なぜかものを知っている人を見下す」というあたりでしょうか。

 医学、衛生学、倫理、道徳、自分と他者に対する思いやり、愛情——、それらひとつひとつについて取り上げていけばきりがない。
 この問題の根は、「知ろうともしない人」たちの、その態度にあるのかもしれません。

 しかし、そう言う大人の犠牲になる子どものことを思うと、この物知らず、バーカ、つって放置しておけばいいと言うこともできず。

 古代の日本人は性についてはおおらかで、日常であると同時に聖性を認め、なおかつ、それが両性にとって大事なことだと知っていたし、コミュニケーションだとも知っていた。
 そのことを思うと、現代人はなんとも情けないことになってるなあ、と思います。

「自分とは異なる在りようの人を、人間扱いしない」という態度が、ここでも顔を出す。


 道徳や倫理なんかこの際どーでもいい。この状況を少しでも動かすには、とにかく医学と衛生面の知識を広めるしかない、ですかね。
 知識があれば、後のことは(人格障害者でもない限り)自分で判断できる人が、少しずつでも、出てきてくれる。
 ——と期待するのも甘いのかなあ……。どうだろう…。
 

 ひとまず、タビトラ先生のおっしゃる、「目の前の相手を傷つけない、NOを無視しない」は、すべてのことに基本となる態度・考えだと思いました…。
 だいたいいじめとか(ストーカー系の)犯罪者はいうんですよ……「冗談のつもりだった」「愛情・親愛の情だ」って。
 寝言ってのは寝てるときに言うもんだ。目を開けて言うことじゃない。
 
 
  
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