変わるもの変わらないもの


 若いときにはやたら反抗的だった奴が(本人は反骨のつもりらしいが私から見るとそうでもなかったのでこの評価)、気がついたら「今時の若いものは」という、定型の愚痴を言っているのを聞いたときの情けなさ。

 わかりやすい例では(こんなところに引っ張り出して申し訳ないが)、舞の海秀平さん。
 元幕内力士(関取)であり、その後はスポーツキャスターとしてご活躍。
 大相撲のNHKの中継では解説をなさっているので、大抵の方にはわかりやすいだろうということで。

 私は舞の海さんと同い歳ですが(学年は違う)、引退からそう何年も経たない頃はよかったんですよね。解説。
 わかりやすく、理論的でした。

 が、……そうですねえ、40代半ば頃でしたか、気がついたらミョーに愚痴っぽくなってて。
 まさしく「今時の若いものは」的なことが、「解説」の中に混ざるようになってきました。
 今の力士はああしない、こうしない、って、そんなことですね。

 私は彼と同世代ですから当然、彼の現役時代を知ってます。ゆえに、鼻の先で笑う羽目になる。
 そうでしたか? そんなにご立派だったかしら、20年ほども前の力士の皆さんて?

 人は都合よく記憶の改ざんを行う。それは知ってた。知ってたけど、それを自分と同世代の人が始めるのを見るのは、情けないもんですよ実際。

 ということで冒頭の引用ツイートなんですが、自分が35歳以降に出会ったテクノロジーには反感を持つというのと関係がありそうだなあと。

 新しいものに対してどういう反応を示すかは多分に性格上の問題もあるようで、若いからって受容的で柔軟とは限らず、年寄りでも新しもの好きの人もいる。
 とはいえ、自分の生まれたとき〜成人としてある程度の完成を見るまでの期間に出会ったものには抵抗を持たないが、それ以降に出会ったものには「違和感」を持つ、という「傾向」は確かにあるようです。
 価値観なり世界観なりって、自分でも意識しない領域にも確立されている。意識しない領域の場合は、自分がどんな価値観や世界観を持っているか、なかなか自覚できない。

 例えば、——昔、若い頃には、「ゲーム悪玉論」に怒ってたのに、今は「スマホ悪玉論」の信奉者になってる、とか。(^^;)
 かつて自分が嫌っていた誰かとまったく同じことを、20年後の今は自分がやってる。しかも無自覚。
 そんな人、多いです。

 ——お若い方。でも、ここで「歳をとるのは嫌なこと」と思ってはいけません。

 不思議なのは、ゲーム悪玉論は論外としても、当時、ある種の依存症状を示したり、何の考えもなしに耽溺していた人ほど、今は、何の考えもなしにスマホ悪玉論を唱えていることなんですよ。何しろ同世代ですから彼らが当時どんなだったか知ってる。
 アンタ、昔はそれと逆のこと言ってたよね? と。

 まるで歳をとって「心変わり」したように見えますが、動かない共通点があります。それは、「何の考えもなしに」ってところ。

 自分が若いときは年長者なり社会なりをあしざまにののしり、自分が歳をとったら若い人たちを罵る。こういう人は、今も昔も「自分の都合のいいことしか考えない」のであり、その点において、彼らは「一貫している」のです。
 彼らは変わってしまったんじゃない。むしろ逆。
 彼らは、ものの見方、考え方の根本において、まるっきり「変わっていない」のです。
 言い方を変えるなら「成長がない」。

 誰でも知っているはずと「無意識に」思い込んでいた商品名を何気なく言ったら、若い人にそれは何ですかと聞かれてショックだった、とか、聞かされるたびに「そりゃ知らないでしょう、その子が生まれる前のことですもの」と返事をすることも増えてきました。

 何でしょうかねえ……万物は流転するのに、自分や自分の「世界」は永遠に変化しない、というような感覚に陥るんですかね。
 
 世の中の変化について、まあそりゃ変化するよな、と、思う人はべつに何とも思わない。
 確かに昔に比べれば失われたものもある。けれども、それと同じくらいかそれ以上に、昔にはなかったものが、今は、ある。

 物質的な有る無しの「総量」を図ることができるなら、あんまり変わってないんじゃないですかね。

 ただ、新しく現れたものが自分にとってどれほど馴染むものかは別問題で、ここで新しいものと(それなりに)親しめないなら、そりゃまあ、失われたものばかりが、目につくんでしょう。

 私は、この世は、その本質においてはもう何千年も「変わっていない」という考えでおります。
 寿命が尽きたものは去り、新しいものは生まれてくる。
 問題がなかった時代なんかこれまで一瞬だってなかったし、次々持ち上がる問題を、それでも人々は、少しずつでも解決してきた。

 その「本質」はまるで変わらない。
 かつてあったものが去っていき、新しいものが目の前にあるとき。
 新しいものを受け入れるかどうかは自分が好きにすればいいだけで、何も「怖がる」必要はない。
 新しいものについて「悪いこと」があるとすれば、新しいことが悪いのではなく、自分には理解できないものがあればとにかく「悪」だと決めつける———、これが、人間の悪いところだと言えますね。

 歳をとることが必ずしも「悪いこと」ではないように。

 自分が理解できないものをとにかく悪だとする、というのは、じつは年齢には関係ない、その人の性質、性格によるもの。
 ただ、年をとると、理解できないものが増えていく、という「傾向」があるので、そう見えるんじゃないかな。

 私などよりよほど頭の回転も速くて記憶力もあってパソコン・スマホを持ち歩く90歳代に会ってみなさいよ——感心、感動はするけど、ある意味、自信喪失しますよ;;
 でも、結局はその人の考え方次第なんだな、とは、よくわかる。ありがたいことです。

 他人のことをとやかく悪くいうのは簡単だ。——問題は、例えばあなたが大人や年寄りを悪くいうなら、自分はそうならないためにどうしたらいいかを、よくよく考え実行できるか、ってこと。
 それが分かっていれば、時代がどうなろうと問題じゃなくなる。

 口で言うほど簡単じゃないことは私も身をもって実感中ですが(笑)、まあ、そういうことで。
 いい意味で、自分を変化させていけたら……、と、あらためて願いを感じたツイートでした。


 
 
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