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誰にも奪えない宝




 不肖わたくし、子どもの頃はすでに同級生並びにその保護者にも「本をよく読む子」という認識をされておりまして。
 ときどき、友達の家に遊びに行くと、その親御さんからしみじみ、「どーしたらうちの〇〇も、水原ちゃん(仮名)みたいに本を読むようになるかしらね〜」と、ため息交じりに言われておりました。

 子どもですから一応遠慮はあって私は黙っていましたが、本を読む子にしたい、というの、「そりゃ無理だよ小母さん」と思ってました。
 なぜというに、そういうお宅には100%と言っていいほど、本がない。本棚がない。雑誌すらろくにない。

 この環境で本を読めというのは無理ってもんだろ……と、子ども心にも思いましたね。

 子どもは、親の言った通りには育たない。親がやっている通りに育つ。
 という言葉を聞いたことがありますが、まあそういうことじゃないかと思います。はい。

 何も文学全集を、ものものしい本棚に並べておけって話じゃない。とにかく親御さん自身が、それこそ漫画雑誌でもなんでもいいからとにかく本を見る習慣がなければ、子どもだって接触のしようがない。
 うちの親は特別な読書家ではありませんでしたが、それぞれ、好きな作家や作品はあって、そういう本は置いてありました。
 本に親しむ人は本を買うことに戸惑いも抵抗もない。だから子どもへのプレゼントと考えた時、ごく自然に本を選んでくれていましたね。そういう影響もあったかと。

 読書家というより乱読に傾いていったのはそれは私の先天の性質ですが、その性質にたどり着く入り口は、やはり環境にあったと思います。

 本は。
 …………いやもう、それこそ、本がなかったら生きていけませんね私は。(^^;)
 この退屈で退屈でどうしようもないこの世に、本がなかったらどうしていいかもわからない。
 まあ現在であれば、もしも文字をすべて奪われた世界に放り出されても、自分の妄想でけっこうやっていけると思いますが、妄想——というと人聞きがあんまり良くないので「想像力」と申しますが、それを教えてくれたのは本だったわけで。

 どんな宝物でもなくしたり奪われたりすることがあるが、知識はもう誰にも奪えない、という言葉もありましたっけ。そういうことですね、きっと。

 ツイ主さまのおっしゃることには私も全面的に同意。本は本であってそれぞれに豊かに世界を内包している。「どうでもいい」本なんてない。
 ……(小声)そもそも岩波文庫を「エライ」と思ってる時点で、もうアウトだと思うね…(ひそひそ)

 漫画だって同人誌だってなんだっていい。面白いと思うもの、興味を惹かれたものはなんでも手にしてみるといいよ——それが私から言えること。
 ちょっと年齢的に難しい、わからない、という本もあるかもしれないけど、それはそれで、いずれ成長するうちにわかるようになっていって、これは楽しいですよね。自分の成長が自分でわかるし。

 とにかく、こうでなければならない、ということは、本の世界にはない。
 老いも若きも、大いに遊べ。
 そう思います。
 
 
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