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伝えることの難しさ

 明日はまたちょっとこちらお休みいたします……たぶん。
 まだ決定ではないんですが、そうなる可能性が濃厚。

       ●

 これは特にツイッターではよくあることだと思います……自分の意図とは違う解釈されて拡散されるという。



 ツイ主様のおっしゃりたかったのは、ブログエントリーにもありますように「無料」は決して「無料」ではない、パッと目にはつかないけれども確実に存在している「世の中の仕組み」というものを、大人がしめしていかないとね、ということ。

 でも、「あまり意識せずに」ツイートをしたら、かなり「誤解」されたうえ拡散され、ずいぶん怒られてしまった、ということ。

 あるだろうなあこれ;;

 どうしてでしょうね〜、ツイートってやっぱり入り組んだ話には向いてないんですね。
 140文字という制限があるから、どうしたって話題を絞り込むしかありません。で、絞り込むときは、「自分が本当に言いたいこと」に「意識」を合わせる必要がありますが、これがなかなか難しい。

 皆様に「誤解」されたという大元のツイートを私も拝見しましたが、このツイートから、ブログで解説されているような内容を「正確に」読み取る自信は、なるほど、私にもありません。

 ただ、主張していること自体は、わかるし、賛成。
 今の世の中はなんでも無料で済ませようとする風潮もあるしそれも不可能ではない状況でもある。けれども、無料、タダ、というのはなーんにも無料なんかじゃない。
 無料のものはむしろ、きちんと対価を支払わないことへの「ペナルティ(罰則)」じゃないのかと言いたいほどのデメリットもリスクも(気づかないうちに)ある。

 お若い方にその辺りの仕組みを正しく理解せよというのは無理な話で、やはりこれは大人どもが日常的に、セッキョーになってもなんでも、示していく必要がある——というのには、私も賛成。

 商品であれサービスであれ、人さまに対して正当な対価を支払わない、というのは、これ、人間の社会で極めて重大なルール違反なんですよね。これを続けていくと社会そのものが崩壊する。だから許されることじゃないわけです。
(と言っても、ここでJASRACさんの話題を思い出されるとややこしいことになるので、アレはここでは忘れください)

 でも、その意図を、あの元のツイートで読み取れるかと言われると、私も自信がない。
 なぜというに、制限された文字数の中でツイ主さまがフォーカスしたのは、社会や経済の仕組みを若い人に伝えることの重要性ではなくて、「これだとヤバイ」という、自分の「感情」の方だから。

 それに、理屈として説明するためには、やはりある程度(以上の)文字数が必要なのは、ブログを見ればわかる通り。
 これだけの内容を140文字以内の「エッセンス」で伝えるというのは、並大抵のことではないでしょう。
 何を描くにしろ一切、下書き、推敲をしなかったという大宅壮一並みの論理的な頭脳でもなきゃ無理じゃないか? と思います。(^^;)

 ツイッターではお気楽な話を基本にして、入り組んだ話題に触れたければブログで、というのを私も(基本的な)指針にしていますが、やっぱりそれでいいんだな、と思いました。
 
 注意点は2つ。
 1つは、人はなかなか、本当に言いたいこと、本当の論点にフォーカスするのではなく、その周囲で渦巻く自分の「感情」に、フォーカスしがちであること。
 2つは、本当に言いたいことを洗い出せたとしても、それを140文字にまとめるだけの能力は、はっきり言って誰にでもあるものとは言えないこと。

 ツイートですと、さあ書こうと思って入力画面に向き合うのではなく、グダグダのヘトヘト状態で、床でごろごろしながらでも気軽に投稿「できる」。これ、けっこう危険ですよね。(^^;)
 グダグダでごろごろは、お腹減ったー、だの、眠い〜だのいうくらいなら問題ないけれど、入り組んだ話をするにはそもそも頭が動いてないんだから、やめとけ、ということ。

「本当に言いたいこと」を、そもそも、そこまで絞り込むのってけっこうアタマを使うんですよね。
 感情的なものがまとわりついているとなおさらで、一度それらを削ぎ落とす、この作業だけでかなりの頭脳労働だったりする。
 精神的にもかなり消耗することがある。

 インスタグラムでフォローさせてもらっている方の、こちら↓のポストを見たとき、そーなんですよねー……と思わずうなだれました;;




 世の中には本当に頭の回転が早くて理性のまさった人がいて、そういう人たちはさっと考えをまとめられるけれども、まあ、たいていの人間には、そう簡単にはできない。
 訓練を重ねていけばできるようになるとは思いますが、それも一朝一夕にできることとは思えない。

 あとは、——ツイ主さまもおっしゃってますが、やはり、受け取る側の読解力、理解力、しまいにゃ「推理力」も、やはり必要でしょうね。

 書くときは、(こういうと失礼にも当たるでしょうが)(あくまでも心構えとして)「読み手の読解力にはあまり期待しない」、読むときは、「書き手に充分な知性と技術があるとは期待しない」、——そういう「心構え」でいる方が、「事故」も減らせるかもしれませんね。

 たわいないことはツイートで、入り組んできたらブログで、という指針は、私も今後も維持していこう…と思ったお話でした。

 ちなみに、経済や社会の(目に見えない)構造を大人が示すべきという主張そのものには、私も賛成でございます。これが誤解された無念さ、悔しさ、お察しいたします。m(_ _)m
 でも、わかってる人はわかってるし、わかってる人は、何も言わないでいることが多いんですよね、わかってる人には特別なことではないから。
 ネガなことの方が目につきやすい原因のひとつではあるんですよねえ……。
 
 
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