恋愛妄想
「聲(こえ)の形」を見て「耳の聞こえない彼女が欲しい」と感想を持つことは倫理的に問題か
https://togetter.com/li/1108958 2017/05/10 togetterまとめ

 説明によりますと、

「聲の形を見て「耳の聞こえない彼女が欲しいと思いました」という感想を持つことは倫理的に問題なのだろうか。仮に批判する場合、何を根拠に批判が成り立つのだろうか。」というツイートをきっかけにした議論について、興味をひいたツイートを中心にまとめました。」



「聲(こえ)の形」は元は漫画作品で、多分、ツイ主様がおっしゃるのは昨年秋に公開された映画版のことかと思われます。
 主人公の一人は聴覚障害があり、もう一人は、彼女に「いじめ」をした少年、ということだそうで。
http://bit.ly/1GP3ZG4/ウィキペディア)
 申し訳ないですが私は原作、映画ともに未見です。

 この「まとめ」の面白かったのは、例えば「スリムな体型の彼女が欲しい」と口にするのは問題ないのに、「耳の聞こえない彼女が欲しい」は問題か、問題なら、なぜなのか、という問いかけ。

 どんな人と付き合いたいか、という質問は割と日常でも飛んでくるし、それに対しても割と気軽に返答されるわけで、「どんな人がいいか」という話題自体は、別にタブー視されてはいない話題ですね。
 ……というよりは、ちょっと暇な時間があって適当な話題もないときは、よく持ち出される話題でもある。

 言われてみればなるほど確かに、スリムな人がいいとかおっぱい大きい方がいいとか小さい方がいいとか(……人数は少ないかもしれないが、いるんですよそういう人も;;)背が高い低いもあるし、私の周囲では「オタクか、非オタクか」もあったし、……あとはなんだろう……、まあ、いろいろですね。
 それらのことは大して問題にされないのに、なるほど、「耳の聞こえない彼女が欲しいな」は、聞いた瞬間、私もどきっとしました。なんとなく。

 倫理的に問題かと言われるなら——冷静に考えれば、問題ではない。
 でも、どきりとするのは、「言ってはならないこと」ではないか、という気持ちがあるから。

 おっぱいの大きさで、そりゃもうそれで人生が決まるくらいに思い詰めて悩む人を私も見てきているので(あの話題は罪だと思うね)、おっぱいの話題には無神経なのに、なぜ聴覚障害だと急にこんな繊細なことを言いだすんだろう? というのも、なるほどなかなか不思議なこと。

 障害は「個性」である、という主張もありまして、それはその通りだな、とは思いつつ、そうは思わない人もかなりの人数いるというのも現実。
 その「偏見」はまだ根強く、「障害もまた個性」とすんなり受け入れることが、本人にも容易いことではない現実もある。

「なぜ、耳の聞こえない彼女が欲しい、は言いにくいのか」という問いについての、それぞれのご意見、いずれも興味深いし、それなりになるほどとも思われる。

 むしろ、こういうことを「言ってはいけないのでは?」と敏感になる感覚を、他のことにも広げる方が「倫理的には妥当」かもしれませんね。
 ご意見の中にもありますが、属性「だけ」で、いいとか悪いとかいう、それ自体がすでに問題じゃないのか、という考え方ですね。

 私は「好きなタイプは」などと言われるのがすんごい苦手で、その昔は「さあ?」と笑ってごまかす、途中からはちょっと知恵がついて「好きになった人がそのとき好きなタイプです」などと言っておりました。
 実際、「属性」で好き嫌いが生じてくるわけじゃないですしねー。「好みのタイプ」って、聞くだけ無駄って気がする。

 源氏物語の「雨夜の品定め」てのがありまして、あれを読んでも結局は「タイプ」が問題なんじゃなく、「相性と努力」という結論にしかならないはず。
 耳の聞こえない人がいいな、というのは、思うのは勝手ですが、実際、ほんとうに聴覚障害のある人の中から好きな人を探すかと言ったら、そうではないでしょうしねえ。いわば「妄想」の話なんですね。どっちにしろ。

 妄想で、口にしたらまずいよねという話題はそれこそゴマンとあるので、あんまり、倫理的に問題かとかは、考えても意味がないかもしれません。
 ただ、ある妄想については問題視されず、別の妄想は袋だたきにあうとしたら、やはりそこには「社会におけるタブー」の存在がある、ってことでしょう。

 で、今のところ私どもの社会では、なんらかの障害を持つ人についてあれこれ取り沙汰するのはネガティブな場面が多いので、「触れてはならない」という、社会的タブーになっている、ということでしょう。

 耳が聞こえない彼女が欲しい、ということ自体には、倫理的には問題ないでしょうし、問題があるなら、他の妄想も問題がある、ということになる。

 問題だと感じるとしたら、それは問題だからではなく、社会的タブーがあることの「反映」に過ぎない。
 そういうことかな。

 社会的タブーが消えれば、「耳の聞こえない彼女が欲しいなあ」も、誰も聞きとがめないってことになると思いますね。
 でも、現状は違う。

 まあ実際、ああいう人がいいだのこういう人がいいだのという「雨夜の品定め」は、それこそ、私もどれほど聞かされてきたかわかりませんが、でも、さすが「妄想」。そのご希望通りに行動したやつは、男女ともにゼロです(笑)

 属性というよりも「条件」はあって、これは生活そのものなんだから、必要ならちゃんと条件付けはしておいたほうがいいと思いますし、これは妥当とも思います。
 とはいえ、その条件さえ結局は振り捨てた人も少なくない。

 よく「恋愛禁止」とかいう「内規」の話も聞きますが、本気でアホじゃな、と思います。
 禁止して禁止されるようなら恋愛じゃないだろう、ということ。私も「どうしよう」と相談されたこともありますが、ふんなもん、好きになっちゃったらしょうがないでしょうよ、としか言いようがない。

 ツイ主様には、魂ごともっていかれるような素敵な人とご縁がありますように、かげながら(勝手に)祈らせていただきます(笑)
 耳が聞こえていようがいまいが、肝心なのはそっちの方だと思うので。(*´~`*)
 

 
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