2017年10月 / 09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

2017.03.20 (Mon)

他人のことより自分のこと

 本日はお彼岸のお中日、そして春分の日。
 なんとなくおめでたいような気がしているのは……ちょっと変でしょうか。(^^;)
 でも毎年このへんから、本格的に春らしくなるというイメージがあるんですよね……なごり雪に降り込められた思い出もあるけど…。



 思ったことは2つありまして。

 ひとつは、じっさい、どんな悩みであっても自分で答えは得るものだと言うこと。
 そうでないと、その結果が思わしくなかった場合は他人を恨むことになったりしますもんね。
 アドバイスや「参考意見」はいくらでも聞けばいいけれど、最終的には自分で決めるしかない。これは普遍的なことなんだな、と。

 このボケボケした顔がいいのか、どうしたわけか昔から、人様のけっこう深刻なお悩みを聞くことがおおいんですが、でも、「聞くだけ」なんですよね。
 色恋の話にしろ、お金の話にしろ、私に何を言えるわけでもない。なのに、そういう話を聞く機会が多くて。
 なぜ私にいうのかと不思議に思うこともありましたが、——話すこと自体にセラピー効果もあるし、本人が話すことで自分の感情を整理整頓できる。そういう効果の方が高いんですね。

 だいぶ年数が経ってから、ボランティア活動の中に「傾聴」というものがあることを知りまして、ああ私がやってたのは、これなんだな、と。
 男性には割と多いと思うんですが、ただの愚痴にしか思えない誰かの話を聞いて、一生懸命「アドバイス」したら、なぜかかえって怒られた——という経験、ある人も多いのでは。

 アドバイスなどは実は必要ない。ただ話を聞くことが大事だし、悩むにしろ時間がかかるにしろ回り道になるにしろ、答えは最終的には、本人にしかわからない。
 アドバイスを求められるときというのは滅多にない。
 おまけに——、〇〇すればいいじゃん、とアドバイスするついでに「それはお前も悪いよ」などと、相手を裁くことをいう人、結構いますよね。
 申し訳ないんですが、これ、最悪です。(^^;)
 
 それは親切でもなんでもない。怒られて理不尽に思うでしょうけれど、でも、相手にしてみれば「傷口にナイフ刺してグリグリした上に塩をすり込」まれたも同然のこと。——やめてやってくださいそういうの;;

 黙って話を聞く、そうですかと受け入れる(受け流すのも却下)、これは——案外、実現してくれる人って少ないのかもしれませんね。

 そうですかと話を聞いて、寸評もせず非難もせず裁きもせず、ただ、それはお辛いですねとかしんどいですよねとか、相手の感情にこそ同意して聞く。
 答えは、その人が持っている。
 他人から「指示」されたことだと、どうしても、どこかでその他人の責任に負わせてしまう心理も働く。
 自分で決めて自分で選んだ答えだということが、うまくいってもいかなくても、一番大事なことかもしれない。


 2つ目は。
 そういうわけなので「説得は無意味」。ゆえに、「ツイッターでよく見かける不毛な論争してる人に捧げたい言葉だな」というのは、もっともな感想ですねえ、…と思わずうなずいておりました。

 ツイッターも難しいところで、つまらないデマや悪意あるデタラメの悪口を聞いたとき、思わず自分もそれを「叩き」たくなりますが、非難するにはそのデマやデタラメの内容に触れないわけにはいかない。
 つまり、それを叩こうとすると、そのデマやデタラメの拡散を、自分がすることになるんですね。

 この矛盾。

 そういうくだらないものを見るとどうしたって腹は立ちますが、「黙ってシカト」するのが、最大の良策、ということになります。

 相手を言い負かそうと必死になる人もあるけれど、人間てのはそうそう自分の考えを変えるものではない。まして、そういうデマやデタラメを吹聴するような人間の知的レベルは知れているのでなおさらです。
愚かな人ほど頑迷になるものです。
 自分で考えて咀嚼し消化し、自分で考え、判断し、必要があれば訂正する、というのはなかなか高度なことですから。

 仮に相手を論争でもって「黙らせる」ことができても、それは黙らせたというだけであって、相手が納得しているわけではない、そういうことがほとんどでしょう。
 とすれば、相手を言い負かすことができたとしても、デマ・デタラメを訂正させることは、できてはいないわけですね。

 ゆえに、一番いいのは、そういうのは相手にしないこと。腹がたってもなんでも、そのこと自体には触れない。
 ただ、自分はこう思う、ということはあるし、デマではない、確かなことを発信することはできる。
 それらを見てもらって、どう思うか、どうするかの判断は、結局は、人に委ねるしかない。
 これが正解だと他人に押し付けることはできないんですよね。

 他人のことをいちいち言うな、自分のことを語れ——と言うのが、一番の「正しい態度」であるように思います。

 何を選ぶかは他人に任せるしかないんですよね。選んでもらえるように工夫をすることはできるけど、それを強要することにエネルギーを注いでも無駄だし、余計な争いになるばかり。

 どんなことでも、「人のことをとやかく言ってないで、まず自分で自分のことをきっちりやってろ」ってことなんだろうなあ。
 でも、その逆のことをついやっちゃう。——なんででしょうね。(^^;)
 
  
 
関連記事
12:05  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |