ものの道理というもの
国際女性デーだからこそ、男性のしんどさにも目を向けよう
2017/3/8(水)  小島慶子 | タレント、エッセイスト
https://news.yahoo.co.jp/byline/kojimakeiko/20170308-00068469/

 昨日は「国際女性デー」とのことでした。
 私はこういう話が——ポジでもネガでも、男だ女だいうのも言われるのも苦手、はっきり言えば「嫌い」なので、昨日はなんとなく首をすくめて通り過ぎた感じです。

 それでも上記コラムには、「そーなんですよ〜……」と珍しく同意できました。
 全くややこしいことになっていると思うのは、コラム中にありますが、本来の女性の権利を認めるということは何も女性の否定を意味しない。
 女性は女性のままでいい(当たり前ですが)。それを認めようというだけのことで、なんで女性がセクシーな服装をしたら「女らしさの押し付け」になるんだかわかりませんね私にも。

 映画ハリー・ポッターでの子役さんの印象が強かった、女優のエマ・ワトソンさんが、くだらない難癖をつけられたのに対し「フェミニズムの本質は、女性に選択肢を与えること」だとおっしゃったというのはまったくその通りだと思いますね。

 一言でフェミニズムと言っても、またずいぶんなことになってたんだな、と、——ちょっと暗い気持ちになったり。

 私の思うところではあんまり性別というのは重要なことではなくて——いえ重要ではあるんですが、だからって物事がゆがんだり変形したり重くなったり軽くなったりするようなものじゃない。
 性差はある。当たり前。男女の別なく幸せであるべき。当たり前。男女の別なく(可能な限り)その人が望むように人生を歩んで行く——当たり前。

 その当たり前ということには性別は関係しない、というのが私の「感覚」。ものの考え方ですらない。
 性別はあるけれどその前の大きな括りは「人間」だろう、ということで、そっちの方が重大なんですよねえ。

 男尊女卑の間違いは「モテない男がモテる男と同様の待遇を女性に強要する」点にある、といい、「フェミニストこそが”男性的であることが善”だという、男性原理の価値観から自由になれていない」などと、私も平気でいうので。
 ………私は結局、男女双方から怒られたり憎まれたりです。(^^;)
 別にいいけどさ(笑)

 フェミというか、昔はウーマン・リブと言ってましたかね、「スーパーキャリアウーマン」という概念に出会ったのは小学生の頃でしたが、あの時代からここまで、思えば周囲とは意見が合わないなんてもんじゃない状態で過ごしてきたんだな、と思わず、しみじみしながら、冒頭のコラム、拝読しました。

 周囲とは意見が合わないのはある意味、私にとってはデフォルトなので、あんまり深刻には考えなかったけど、改めて振り返ると、そんな感慨がありますね。

 エマ・ワトソンさんのエピソードといい、トランプ大統領を非難すると同時に「彼のようではない男性たち」について言及するミシェル・オバマさんといい(トランプ大統領の下品な会話を聞いて男なんてみんなこうなんだろう、というのも立派な偏見である、というのはその通りですね)、このエッセイといい、……少しずつでも「そーなんですよー」と言える場面が増えてきたのは、嬉しい事です。個人的に。勝手に。(^^;)

 男性であれ女性であれ、とにかくそれはやめとけ、と思うのは「被害者意識」を持つこと。

 被害者意識を持ちたがる人に言いたいのは「被害者は正義ではない」ぞ、ということ。

 これまで女性に認められなかったもの(社会が認めようと認めまいと、実体ははるか古代から存在し続けてきたもの)を、社会として受け入れようとしているだけなのに、「女尊男卑」と寝言を言ってはヒステリーを起こす人たちについて、何が一番びっくりかって、自分たちを「被害者」だと見なしているところ。

 女性の生きづらさだけでなく男性の生きづらさにも目を向けよう、ということには私も賛成ですが、どちらにせよ、「自分はかわいそうな被害者」だなんて意識は、ものの見方考え方を歪めるだけだし、何より、自分で自分を「価値のない存在」にしてしまうので、そういう意識は捨てることをお勧めします。
 
 ここでも時々書いてきましたが、今は、むしろ女性の方が平気で性差別をしている場面が多いように思いますね。
 自分がやられれば怒ることを、なぜ平気で他人にするのだ、というのは、謎でございます。
 
 女性は女性らしく、男性は男性らしく、「らしく」では物足りないと思う人はご自由に。
 人は自分の望むように在ることができる。そういう本質に根ざした望みは、「他人の犠牲の上に成り立つ」ようにはできていない、ということは、確認しておきたい。
 自分の望みのためには誰かを「殺す」必要があると感じるとしたら、それはどこかで何かが必ず間違っているということ。

 そのことを忘れずにいれば、本来なら、こんなややこしいことになるような話じゃないんだよ——と。
 昔からそんな風に思い続けてきて、それをいうと結局は誰からも怒られてきたけど……、それも少しずつ、よくなってるんだな、と思って拝読しました。

 そんなお話。
 
 
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