問うに落ちず語るに落ちる
2017年03月03日 (金) | 編集 |
 どこまで一般化している言葉なのかはわかりませんが、「顔ファン」という言葉があるそうで。
 最初にきいた(みた)ときは、は? と呆気にとられて、次には思わず大笑い。なんつー表現なんだそれ! と大ウケ。
 ここまでウケたのはちょっと久しぶりだなあ、と。これまで最大にウケたのは「ツンデレ」という言葉でしたが——そこから派生した「デレかけ」は文字通り抱腹絶倒いたしました。

 ともあれ。
 顔ファン、というのは基本的には罵倒する言葉のようです。
 例えばミュージシャンのファンを名乗りながら肝心の音楽を聞くのではなく、その人の顔(容姿)が好きなだけ、という。
 それをきいて「ああ、顔ファンて悪口のつもりで言ってんのね?」と思ったらまたそこでにやにやしてしまいました(笑)

 敬愛するツイッタラーのおひとり、「深爪」さんという方が、
「悪口というのは、相手にダメージを与えたくていうものであり、つまりその人はこれが一番ダメージを与えられるだろうと思うものを、悪口としていう。
 その人にとっての一番言われたくないことを、相手への(有効な)攻撃として言うのだと私は思っている。
 そう思ったうえで、悪口として選ばれた言葉を見ると興味深い」
 と言う主旨のことをおっしゃるのをきいて、あー、確かに。と思いました。

 自分が一番言われたくないこと、言われればダメージを食らうようなことを、罵倒したい相手にもいう。
 その「選択」にこそ、その人の弱点やコンプレックスが反映される、と言うことですね。

 これは確かに言える。
 自分にとって一番いやなことは他人にとってもいやなことだと言う無意識の思い込みがある。
 でも、気にしない人は全然気にしないこと、というのもあるもので。
 悪口として言ったのに、相手は、「……ハイ? ……だから?」みたいにきょとんとしている、ということも、実はけっこうありますね。

 顔ファンについても同様でございまして。

 容貌でも顔の造作でも、人が何かを「好む」ことにはちゃんと理由はあるもの。
 誰が見ても文句なしの美男美女なら必ず人から「好かれる」かというと、それは別ですよね。

 外国企業のシャンプーの広告では、日本向けには、髪の色が濃い目の女優さんが採用されるわけですが、採用理由は、そんなところにある、と聞いたことがあります。
 金髪碧眼、いかにもヨーロッパ系の綺麗な人は、もちろん綺麗だと思われていますが、リサーチすると「好感度」は意外と高くなくて、黒髪とまでは言わないけれども、髪の色が落ち着いた栗色の女優さんの方が「人気」はある——という結果から、そのようになっている、と聞きました。

 以後気をつけて見ていると、本当に、髪色の濃い方を採用し続けているので、そうなんだな、と思って見ています。

 ということで。
 顔なり外見なりだってその人の「要素」ですからねえ……、別にいーんじゃないですか、顔のファンでも。
 音楽とは関係ない、といいたいかもしれないけど、そうとも限らない。好む、というとき、顔だけとか声だけとか作品だけとかいう場合は「ファン」という熱意にまでは至らないでしょう。

 ファンというのは、ただ好きだとか、いいなと思うとか、敬意を払うとかじゃなく、自分自身をそこに「預ける」もの。
 大げさに言えば自分の何かをそこに「差し出す」くらいの熱意があるからファンだと言える。

 ファンというほどじゃないけどこの人の絵は好きだな、とか、そんな言い方を私もよくしますが、「ファンじゃないけど好き」というのと「ファン」ですと言えるときというのでは、違うんですよね。

 例え顔のファンであろうとも、ファンというからには自分の何か——お金でも時間でも——を「捧げる」熱意はあるわけで。
 で、人にはいくつもの要素や側面があって、そのうちの一つか二つをいいなと思うくらいでは、ファンというものにはなれないんですよね。

 一番のきっかけや、一番の熱意の元は外見である、というにしろ、それ以外の要素には興味がないなんてことは(基本的には)ないでしょう。

 さらにまた。
 顔や外見だけのファンというものが仮にあるとして。
 …………だからって、何がいかんのでしょう?
 その場合は、何を「見下している」んでしょうね?
 あたしゃむしろそっちの方を聞きたいわ。

 外見のファンだとして、一体、何がどう悪いとおっしゃるのか?

 で、ここで話がちょっと戻って、
 顔ファン、という言い方が、「罵言になる」と信じているらしいが、なぜ、そんなことが悪口になる、言われた人にはダメージを与えられると「信じている」のか?
 そう考えると——これはこれで、興味深いですね。
 
 そうですか、あなたが「言われたくないこと」はそのへんにあるんですね——という目で見返すと、なかなかね。興味深い。(^^;)

 確かに、いわゆる「面食い」と言われるような、外見だけで全ての判断をするようなら、それはいささか幼児性が高いということになるんでしょうが。
 でも、多かれ少なかれ、外見というのも、その人の内面なり感性なり生きる姿勢なりを反映しているもの。
 外見から惚れ込むことだってあるでしょうし、——それの何がいかんのでしょう?

 リンカーン大統領は「40歳過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言ったというのは有名ですが、これは何も40歳未満なら無責任でいいということじゃない。今日二十歳で明日いきなり40なんて人はいないんで、それまでの積み重ねなんですから、年が若いからって無関係とは言えない。

 外見も一つのメッセージだと思えば、………顔ファン、おかしかないでしょう。

 ファンの振る舞いとして如何なものか、ということと、顔ファンであることには因果関係はないんじゃないですか。
 振る舞いに問題があるなら、その問題について話せばいいだけのこと。
 くだらないことでラベルを貼り、十把一絡げ、という大雑把な扱いには感心しない。


 悪口ひとつでもなかなか、興味深い、面白いことってあるもんだと思います。
 
 というより、迂闊に悪口を言うと、自分で自分の弱点を晒すことになるんだなあ、と思いますと。
 ………勉強になります。ホント;;
 
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