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歌のいのち



 昨日はちょっと面白いところから、大晦日のあの紅白歌合戦に、好きなアーティストには出て欲しいかどうか、なんて話題になりまして。
 
 12歳の頃からずーっとファンをやってます小田和正さんは、あれはもう明らかにご本人のポリシーとして、テレビ番組には出ない、ということだったようです。
 何がどう気に入らないのかは存じませんが、ともかく当時はにぎやかだった「歌番組」はひたすら無視。ちらりと聞いたところでは、テレビでは小田さんが満足できるような、設定なのか設営なのか演出なのかその全部か、ができないから、とにかくイヤだ、ということでした。
 ——が、これも噂程度の話なので事実かどうかは存じません。

 オフコースとして出演で記憶があるのは、確かTBSさんの特番で「NEXT」。
 これはべったりオフコースだけの番組でした。今でも、あれってなんだったのかなと不思議に思う…。
 で、NHK教育テレビの「若い広場」(でしたっけ?)での、アルバム制作密着ドキュメントみたいなもの。
 ………くらいしか記憶がない。

 驚くほど職人気質(かたぎ)の方だし、ファンとしてはある意味達観せざるを得ない。ま、別に紅白歌合戦に出て欲しいとも思わないしな——と、過ごしていました。
 が、1991年でしたか、「ラブストーリーは突然に」が、CDシングルとしては初の100万枚を超えるヒットとなり。
 あのときばかりはさしもの小田さんも、紅白ではありませんが他の年末の音楽賞にご出演となりました。

 おお、ついに小田さんが「陥落」したか、と思ったんですが、でもそれも結局——ご自分のコンサート会場からの中継という形だったので、笑ってしまったのを思い出します。
 ………そんなに嫌なんですか、テレビ局って(笑)

 その大きな音楽賞も権威を失墜させてから久しいし、紅白歌合戦は、毎年、視聴率が伸び悩んでどうこうと騒がしい。

 それでもなくならないし、まだこうやって、紅白に出てほしいという声も、消え去ることもない。

 考えてみれば面白い現象なんですが、それでふと思い出したのは冒頭にあげました、シンガーソングライターの佐藤龍一さんのツイート。

みんなのものであることが、歌の命だった

 こちらは、例の、JASRACさんの件に絡むツイートの中のひとつですが、印象に強く残りまして。

 権利保護自体には反対ではないが、極端な規制はその命を消してしまう、という危惧ですね。

 歌は、人に歌われてこそその輝きを得る。
 なるほどなあ、と。
 紅白歌合戦がいまも継続するのは、ここに理由があるかもしれないな、と、ふと思いまして。

 なんだかんだ言っても未だに「紅白歌合戦に出る」ことを「成功」基準とみなす人も多い。
 それはなぜかというと、紅白歌合戦はかつては「誰もが知っている歌」が一堂に会する、そんな「贅沢な」「夢の舞台」だったから。
「みんなのうた」の祭典だったんですよね。
 その祭典に参加することはつまりは、その歌が「みんなもの」となり、いのちの輝きを得られたことを意味したから。

 価値観の多様性をよしとする世の中になってきつつある現在は、どんなに大ヒットした歌であろうとも、その「クラスタ」(区域)は細分化してしまい、クラスタに属さない人、そもそもそんなクラスタがあるとさえ知らない人は、「そんな歌があったの?」みたいなことになってるんですよね。

 ほんの少しでも、そういうクラスタ同士を集められる場所。
 それが、紅白歌合戦がいまもまだ残っており、同時に、なにかしらの「権威」を保っていられる理由。

 ………ではないかなと思ったんでした。昨日。
(ああ長かった。(^^;))

 昔は、好きか嫌いかは別にして、「みんなが知っている歌」があった。
 現在はなかなか、そういう歌も曲もない。
 ディズニーの「レリゴー」くらいなもんかなあ……「誰もが知っている」と言われて私が思いつくのは。

 レコ大であれ(……あ。言っちゃった)紅白であれ、そういう「歌の本質」に立ち戻れれば、今の惨状から抜け出せるかもしれませんね。

 ま、価値観の多様性、という時代の流れみたいなものは変わりませんし、別に変える必要があるわけでもないので、無理に、「みんなが知っている」状況にしようとする必要もないでしょう。

 でも、歌の本来の姿も、忘れずにいたい、とも思います。

 なにごとも「行き過ぎ」はよろしくない。
 ………JASRACさんみたいに道を踏み外されても困るんだよなー……(ボソッと)
 
 
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