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ご褒美をくれる人

 まだどーでもいい話になりますが。
「自分にご褒美」というのが、どーにも違和感ありまして。

 で、たまたまテレビを見ているときにこの「褒美」なるものがどういう言葉かを解説していましたが、やはりこれは、「上位の人から、下位の人へ贈る」という意味のことばなんですね。
 今はテレビ時代劇もほぼなくなっているので見聞きする機会もないんでしょうが、昔のエライ人が「褒めてとらす」なんていうの、あれが「褒美」。

 褒めてくださるのはいいんですが、それ、現代口語でいう「上から目線」なんですね。素晴らしい、と感動した感じというより、わーすごいね、よくできたね〜。という感じかな。

 で、その「褒美」がさらに丁寧語になって「ご褒美」になった場合、この「御」は誰に向かってかしこまっているかというと、当然、その褒美をくれる人(=偉いさん)に対して丁寧に言っているわけで。

 そういう感覚——「語感」があると、「自分で自分にご褒美」って、「はあ?」ということになります。

 かーなり以前から「自分にご褒美」ってのは変だなあと思いつつも、なぜ変だと思うのかが掴みきれなくて、モヤモヤしてたんですよね。
 で、褒美という概念、「ご」がくっつく上下関係が「自分」に持ち込まれる、というところで、概念として混乱したんでしょうね。

 ということで私自身は「自分にご褒美」という言葉は使いませんが、行動としてはやってると思いますね。
 ただ、それをいちいち認識しないというか——ちょっと緊張する場面を含む、ややこしい案件があってそれが片付いたときは、もう軽くお祝いしたい気分でふだんはやらないようなことをしたり買ったり食べたり飲んだり。

 そうやって自分なりにアクセントをつけるというのか、ちょっとした「解放」をする、というのは、名前をつけてはいませんが、まあ、やってることだよな、と。

 それにいちいち名前をつけるという発想がない。
 故に、「自分にご褒美」というのを聞いたときは、なんでそんなこと言うの? と少々、驚きました。言い訳、口実、と言う人もいたけど、でも——だとしても——だとしたら——、かなり自分で自分をぎちぎちに縛っている、ストイックな人なんじゃないだろうか、と思いまして。

 自分へのご褒美、というのを語義に従って解釈すると、上位の自分が下位の自分に「よくやった」ということになる。
 一言で自分といってもいろんな「層」があるので、上位の自分、下位の自分というの、なんとなく、わかるような気もしますが。
 自分で自分を厳しく律したり、縛っていたり、あるいは「監視」している。
 そういう緊張感がある人には、(私が持ったような)違和感どころか、「実感」なのかもしれない。

 何かと抑圧が強いのかもしれません。ああするべきこうするべき、そうする「べきじゃない」、そうしなければならない、……そういう声に、支配されていることが多いのかも。

 ストレスは健全なレベルならむしろ必要ですが、抑圧となるとろくなもんじゃない、というのが私の思うところ。
 自分の行動のほとんどが、「〜したい」ではなく「〜するべき」「〜しなければならない」から始まっている、と気が付いたときは結構、ショックでした。
 口癖が、「〜しなくちゃ」「〜しないと」になっている方、このへん要注意かもしれませんよ。(経験者は語る)

 上位の自分から下位の自分への「束縛」「抑圧」と考えると、その「上位の自分」てなんなのか?
 その「正体」は?

 全部が全部じゃないでしょうが、「〜しなければならない」を「命じる」「上位の自分」の正体は、親、ということが多いようです。

 実際の親がそうかどうかとは関係なくて、子供のころ、何気なく親が言ったことに衝撃を受けていたり、「こうしないと親に見捨てられてしまう」という思い込みのこと。
 そういうのは本当に無意識に、「思いクセ」として刷り込まれてしまうことが多い。

 上位の自分は、自分がイメージとして持っている親や先生といった人々かもしれません。

 子供の間はそういうものに支配されてしまうとしても、もう大人になった今は、そういうところから自分の意思で抜け出せる。
 その感覚を覚えると、「自分へのご褒美」という言葉を、自然と使わなくなるかもしれませんね。


 本来なら自分の自由意志でできることにさえいちいち「ご褒美」という「言い訳」を持ってくることを不思議にも思っていましたが、そんなふうに考えると納得できる——という、そんな程度のお話なので、ま、気軽に聞き流してやってください。(^^;)

 ただ、自分にご褒美ってのはオカシイよ、という、その点についての意見を変える気はございません。(^^;) ……意固地のつもりはないんですけど;;

 自分にご褒美、というのを多く設ける人は、本来、すごく真面目だと思うんですよね。自分では、その制約を外すと、自分がとんでもないことをしそうな気がしてちょっと怖いかもしれませんが、根が真面目なんだから大丈夫。
 ご褒美なんて言わなくても、ちゃんと自分でそのへん調整できる人ですから、「上位の自分」なんかつくらなくていい、自分が好きなふうにしていい。

 そんなふうに思いながら、現在では、あの「自分にご褒美」という言葉を聞き流しております(笑)
  
 
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