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2017.02.06 (Mon)

原点回帰


JASRACの外部理事を務める東大・玉井克哉教授(知的財産法)による大手音楽教室から著作権料徴収についてのQ&A
 —— togetter まとめ
https://togetter.com/li/1077579

 基本的にツイッターは文章がブツ切れになるので、入り組んだ話や議論には向いていないと思ってまして。
 故に、「まとめ」とはいえ、本当はあんまりご紹介したくないなと思いつつ、他に参考になるものもないので引っ張ってきました、ツイートまとめ。

 JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)さんによる「大手音楽教室」への楽曲使用料徴収要求から始まった現在の「騒ぎ」。
 お話の玉井さんはJASRACの「外部理事」というお立場だそうで、世間からは袋叩きのJASRACの主張を、噛み砕いてツイートなさっておいでですね。

 こうなってくると何がいかんかって、ある人との会話の中で、「たとえ」として言ったことが、他の人からは違う意味に解釈されて噛み付かれ、そちらに応戦するとまた異なる観点からの指摘を受ける……というのを繰り返すうち、どんどん論点がずれていったり、意味がわかんなくなったりすること。

 やっぱりツイッターはこういうことには向いてないですよ……と思いつつ、まあ枝葉末節を省きながら拝見しております。

 うーん。玉井さんのおっしゃる「JASRACの見解」は、それはまあ、一つの立場としては言ってる意味はわかる、というところですね。
 賛否はともあれ、いちおうの理屈としては成立する。なるほどそういうお立場なんですね、と。

 ただ。
 どーしてもすっきりしません。

 一つには、使用料徴収については、玉井さんのおっしゃる通りに実践されているならこれほどの苦情にもならないはずですが、JASRACからわけのわかんない請求をされてアッタマにきてる人たちの証言が溢れているんですよね。

 てことは、理事さんのレベルと、料金の徴収に当たる現場レベルでは、ぜんぜん見解の共有がされてないんじゃないか? という疑いがあります。

 権利保護に反対する人はそうは多くないと思いますよ。玉井さんも売り言葉に買い言葉になっているんでしょうが拝見していると、まるで使用者は権利保護の意識がない、あるいは踏みにじる泥棒ばかりだと言わんばかりのものもあって、これは良くないなあ、と思います。

 で、そうなる理由なんですが。
「権利保護」という目的に合致した、使用料の徴収方法、対象、範囲について、かーなりの認識のズレがあるなと感じます。だから話がまるっきり噛み合わないんじゃないかと。
 前提条件が違うので、双方の言っている言葉を、双方が「正しく」理解してない。だから喧嘩になる。

 まあ、きっちり整備された法律でさえ——あれだけ慎重に書かれた条文でさえ、人の解釈次第で揺れに揺れまくる(だから裁判になる)んだから、まして、いち法人の規定に、多くの人からの同意が得られると思う方が間違っているのかもしれません。

 使用料の徴収対象やその範囲、徴収方法について、「明朗会計」にしないといけませんでしょうね。

 税務署の監査みたいだ。(^^;)
 大きな声じゃ言えませんが、きっちり法律で規定されていても、じっさいその規定をどう運用するかは、「当たった」職員さんの胸三寸で決まる——みたいなところ、あります。

 まして法的根拠の薄い一般社団法人ですか、それが居丈高に、「どれがJASRACの管理楽曲に該当するかを知らず」徴収しようとする現場の人がいたのでは——世間一般がその意に従わず、猛反発するようになったのは無理からぬところ。

 一度、権利保護の意味と目的と範囲、保護をしつつ、芸術の振興を図るという、ときに対立してしまう項目を同時に成り立たせるには、何をどこまで行うか、を、定義し直さないと、おさまらないでしょうねこの話。

 玉井さんのおっしゃることを聞いていると「鼻唄ひとつ歌っただけで金を払えと言われるんだ」と解釈してしまうところがありますよ。これはいけません。文章ブツ切れで、その一片だけを見るととんでもない誤解を招くことがある、ツイートのまずいところが出てるなあ。(ーー;)

 で、そうではないとしても、私個人としては「それは権利保護という目的を逸脱しているのでは」と思うところもあります。
 保護「だけ」ならそれでいいでしょうが、本来なんのために保護を始めたかというなら、音楽の「振興」のため、だったはず。

 振興というのなら、裾野は広くする必要がある。
 でも、何でもかんでもカネカネカネで、これでお金かかっちゃうのか、と言って人々が萎縮し、敬遠するようになったら、振興もクソもないですよ。

 保護はその芸術の振興のため。
 振興の美名のもとに権利者が泣き寝入りすることのないようにという趣旨には私は当然、賛成です。
 が。
 保護を行き過ぎて人々に敬遠されたら、本末転倒どころじゃないと思いますが、如何。

 先だっては私も、何でもかんでも無料無料ってバカらしいことはやめろと申しました。
 それと同じことで、何でもかんでも保護だと言って「締め上げる」ことにも賛成はできかねますね。

 根っこは同じ「精神」て気がするな——目の前の自分の小さい「利益」に熱中して、本筋を忘れている。
 それはどちらにも言えること。そんなふうに見えます私の目には。

 話が混乱してきたら、ちょっと離れて原点へ戻ってみる、というの、回り道に思えるかもしれませんが、必要なことじゃないのかなあ、と思いますね。
 
 
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タグ : 時事問題

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