有名税・再考
2017年01月26日 (木) | 編集 |
 出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない。
 ——なんてことを書いたのは割と最近のような気がするんですが、例によって、それがいつだったかは思い出せない私の脳ミソ。(^^;)

 思うことはいくつもあって、しかも多方面にわたっているので思ったことをそのまま書くと意味不明の大混乱になることは必至。
 私自身がいちばん引っかかって、いちばん指摘しておきたいことは何か、と考えてみたんですが。

「有名税という言い訳をする奴は■■(自主規制)だ」
 これに尽きる。

 私のゴシップ嫌いも相当なものですが、それと同じところを出どころとして、例えば、街でいわゆる有名人に遭遇したからといって突撃していく趣味はない。
 人さまのプライバシーも何も蹴散らして恥じない人が私には不思議でならない。
 そういう人にその点を指摘すると、だいたい出てくる言い草なんですよね、「有名人なんだからそれくらい当たり前」「それが嫌ならやめればいい」「有名税だ」。

 つまり自分は悪くない、自分がしていることは「悪いこと」ではないのだと。
 これは、泥棒が、そこに現金を置いておく方が悪い、などというのと同じことです。
 措きやがれてんですよ、まったくのところ。

 中学の時の修学旅行中、有名な歌手の方と新幹線のホームでニアミスしたらしいんですが、そちらへわーっと走っていった同級生どもに「みっともないことをするな」と苦情を言ったことがあります。
 私もまだ言葉が剥き出しになっているお年頃で、かなりきつい言い方をしました。
 それに対する言い訳(反論とは認めない)の中にその有名税があり、
「じゃあ、あれが小田(和正)さんだったら、アンタどうすんのよ」
 などと言われました。
 アホかい、と思いながら返答したのは、
「どうもしないよ。——どうしたらいいっての?」
 逆質問したら絶句されましたな。

 私は小田さんのファンですから、そりゃいろいろと存じ上げている。けれども街で遭遇したときの小田さんと私の「関係」は何かと言えば、「無関係の関係」なんですよね。
 コンサート会場でなら、ファンであり、聴衆の一人、という関係だけど、街ですれ違う時には、知り合いではないし顔見知りですらない。
 街を歩けば多くの見知らぬ人とすれ違いますが、そういう関係。
 なんと言おうと、それが「現実」。
 現実の関係性を無視してしまう態度が、私には理解できない。
 
 ドラマ「おしん」が大ヒットしたときに、おしんちゃんに、と言ってNHKさんに米を送ったとか、そういう話も理解不能ですね。現実と虚構の区別がない。
 ときどきテレビで見る光景ですが、カメラと一緒に街を歩いているタレントさんなどに、通りかかった人が「あらお久しぶり」なんていう。え、お知り合い? とびっくりしていると「いつもテレビで見てるから」という。
 そりゃもちろん見てはいるでしょうが、「関係」で言ったらこのうえないほどの赤の他人でしょうが。何言ってんの?
 ——と、見ている方がげっそりするんですが——あれ、じっさい、なんなんですかね。

 なぜ。と不思議に思うのは、ファンだとか好きだからとかいうけど、その行動には相手に対する敬意も思いやりもないことなんですよね。
 ファンだったら見知らぬ他人相手でも、何をしてもいいとでも思ってるんだろうか。
 
 という疑問をぶつけるとだいたい出てくるわけですよ、「有名税」という言い訳が。
 盗人猛猛しいとはまさにこのことだな、と、最近では私は返事もしなくなってます。(^^;)

 人間は、腹の中では、あ、しまった、と気づいてはいても、それをあえて無視してくだらない自己弁護に走るものとは承知していますが。
 やっぱりわからない。
 赤の他人という以上に他人だという「現実」を無視すること、「好き」が理由なら他人をどれほど傷つけてもいいと信じていること(自分がやられれば怒るくせに)、世界は自分のためにある「べき」だという思い込みがあること、それを裏切られると逆恨みすることくらい屁とも思ってないこと。

 これらの行動は、「自分を客観視する視点の欠如」から始まっている。
 認識というより、「認知能力」がない。
 
 もう、こういう人たちについては、それ相応の対応をするべきだと思いますね。

 インターネット上でも、最近、「きちんとしたクレームと、ただのバカは区別して対応しよう」というご意見が出てくるようになりました。
 お客様は神様です、はいいけど、意味不明の言いがかりで他人に土下座を要求するやつはそもそも客ではない、ということを、はっきりいう向きも見られるようになりました。

 いいことだと思います。

 結局、バカに付き合っていると、本来の業務に差し障りが出たり、きちんとした「お客様」への対応までおろそかになったりする。
 有り体に言えば「迷惑」なので。
 そういうものにはかかずらうべきではない。時間とコストの無駄でもあるし。

 こういう話になるとムキになって怒り出し、じゃあもうファンをやめる、という人もいますが、これはむしろありがたいことだと受け止めたい。
 こういう人は、残念だけれどもとからファンではなかったのだと思いますね。——本来、人は、自分が好きなもの、好きな人には、気を使うし心を砕くし、敬意を払うもんですよ。
 そういうものがない「好き」は、本当は好きなんかじゃなく、何か別のものを「好き」だと思い込んだだけのこと。

 そういう区別ができるのはむしろありがたいこと。
 ミソもクソも一緒にされたのでは逆に味噌に迷惑ですから、味噌のためにも、ミソとクソとはきっちり区別して対応する、というのは「正しい」ことだと思います。

 有名税だなんてくだらない言い訳、ゴシップといっしょに絶滅してくれないものかしらん。だいたいセットになってるみたいだし。

 ——と人さまのことばかり言うのは不公平なので、自分はどうなのかと言うと。

 自分では実は、そのうち、誰かに「なぜそうもゴシップを嫌うのか?」と突っ込まれそうだな、とひそかに恐れているのです。(^^;)
 これはこれで、ロクデモナイ理由があるのを自覚している。言いたくないし認めたくもない。
 
 ですが、ゴシップが好きな人、有名税という言い訳に抵抗がない人には到底、考えつかないようなことなので、まず、そんなツッコミが飛んでくることはないだろうとも踏んでいる——というのが私の卑怯なところです(笑)
 
 
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