大熊猫談義


 故・中島梓御大は、エッセイ「人間動物園」で、あのパンダちゅうの、可愛い可愛い言われてっけど、あの目の周りの黒いやつとったら、別にそんなに(特別に)かわいいわけじゃないよ、要はクマだよクマ。——と書いていらっしゃる。
 それを読んでいたので、あーそーいやそーですねー? と思っておりましたが、なんで最後に「?」がつくかというと、私は直接、あの黒い縁取りなしのパンダの顔って見たことがなかったから。

 上のツイートの画像も実際には縁取りを画像処理で外してあるわけで、実際とはまた違うのかもしれませんが、でもまあ、ああなるほどこうなるのね、ということで、ようやく「?」も取れました(笑)

 面白いなと思ったことは2点あって。
 ひとつは、このツイートには「女性のアイメイクの大事さが理解できる」とあること。
 
 アイメイクというか、眉毛だけで顔の印象は大きく変わりますが、アイメイクには私、個人的には憧れがありまして。
 どうも私は粘膜系統が弱く(鼻、喉が弱いのはその典型)、何かあるとすぐにトラブルとなるため、眼科の先生からも「あんまり目の周りはいじらないほうがいい」と言われ、アイラインすら引かないでおります。(引いたところで大して変わり映えもしないので、まあどうだっていいことですが)

 発表会なんてときにはそれでも、つけまつげ含めてアイメイク一式はやらざるを得ず、結構ドキドキしていたりしますが、たまに、のことなら害もないようで。ものもらいみたいなトラブルも、今の所、ありません。

 電車の中で化粧する人のことも話題になりますが、いい悪いは置いといて、電車の中でアイメイクしている女の子を見つけた時は、思わず感心しながら心配しながら(電車だって揺れますから)、でも、ついつい、じーっと見てしまいました。

 で、やはり、その効果はすごいものがあるな、と。
 費用対効果で考えたら眉毛(を整えたり描いたり)の方が、手間と効果の大きさの相関関係から見れば絶大と言えますね。
 でも、アイシャドウ、アイライン、ビューラーからつけまつげまで、大げさではなく人相まで変わる(ように見える)。これは、化粧というより「仮装」にも近いのでは? と思います。

 で、こういう化粧を普段からしている人は、すっぴんというのではなくても、アイメイクなしで人前に出ることは裸になることと同じくらいに抵抗があるようです。
 とすれば、これはその人なりの、ひとつの儀式なんじゃないだろうか、と思いました。
 きっちり戦闘服を着込んで戦場へ飛び出していく、みたいな。

 化粧というと女性のことが言われがちですが歴史を顧みれば男性も化粧をしてきたわけで、社会的にも、呪術性の意味でも、これは女性だけの話ではないんですよね。
 それなのに殊更に「女性の」とあげつらわれる「意味」に、改めて、「ふーん」と思った、ということと。
(もう面倒なんでいちいち詳細は言わない;;)(ミソジニストに播き餌みたいなことはしません;;)

 2つ目は、縁取りを取っちゃったパンダへの感想。
 ツイートについたリプライ、返信やコメントを眺めてみると、縁取りを取っちゃうとブサイク、という人もあるし、「つぶらな目」「こっちの方がいい」「こんなに可愛かったの」というご意見もある。

 ブサイクと見るか、その素朴な表情に、かえって心惹かれるか。
 同じものを見ても反応はそれぞれ、ってあたりが、面白いなと思ったことの、2点目。

 私は子供の頃からパンダにはあんまり興味がなく、——別にあの「アイメイク」故に憎むなんてことはなかったですが(笑)、と言って、中島梓御大じゃありませんが、そんなに可愛いかねあれが? という感じで、特に可愛いともなんとも思わずにおりまして。

 世代的には、上野の動物園にパンダがきて——ランランとカンカンと申しました——、アホみたいな大行列ができていた頃の子供なんですが。
 まるっきり興味がなかった。
 それよりも、そんなもん(失言)に群がる人間の方が、よほど見ものだと思いましたね。田舎者なので、あれだけの数の人間がいること自体が、見世物めいて見えたと言うお話。(^^;;

 そんなわけで、特にパンダには思い入れもなかったんですが、今回の写真を見て、「あ、こっちの方が可愛いんじゃない?」と思いました。
 クマのぬいぐるみの、黒い丸いボタンで作った目のよう♡ ——まさしく、「円(つぶ)ら」な目が可愛い♡ と思ったクチです。

 パンダにして見れば、黒い縁取りだって別にアイメイクなんかじゃないんだし、勝手に画像処理しといて、何を好き勝手なことを言うのか、といったところでしょうけども。(^^;)
 
 
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