何かと考え方が逆
自動走行、日独が研究協力…政府レベルで初
2017年1月13日 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170113-00050081-yom-sci

 これは是非、進めてほしいなあ。

 各社の「規格」争いって本当に資源と技術と時間の無駄だと思う。電気自動車も、自動運転も、規格は世界共通にしてしまって、その上で「まともな」商品を作っていただきたいなと思います。かつてのソニーさんの家庭用ビデオ、ベータ方式をこよなく愛し、その後、手酷い決別を経験した消費者としましては。

 自動運転が実現されれば、歳をとっても田舎にいられるので是非。

 世間様の多くは逆をいってると思うんですよねえ。「年をとったら田舎に引退」って。
 これ、逆ですよ。田舎暮らしの実感としては。

 若いうちは田舎暮らしでもできるけど、歳をとって車の運転もできなくなると、本当に、何もできませんよ?
 若くて体力があるうちは、自動車も、自転車でも歩きでもなんとかできますから、多少不便なところででも生活できますが、高齢者となりますとそれらができなくなり、てことはほぼ、生活不能の状態になってしまう。

 引退したら田舎暮らしを、というのを聞くたびに「逆ですってば……」と、つい独り言してしまいます。
 まあ、若いうちの田舎暮らしがなかなかできない理由は、仕事、ということになりますね…。ここをクリアできれば、本当は、若い時に田舎、歳をとったら交通機関含め各種サービスが便利な都市部がよろしいと思っております。

 年をとると何と言っても病院ですよね、大きいのは。買い物のこともありますが、でも病院という存在は本当に大きい。
 
 私もときどき、ご近所さんを病院へ送ったりしますが、他人にお願いするというのもなかなか遠慮もあることだし、タクシーだって道を案内しなきゃいけなくて億劫なときもあるし。
 やはり、自分で運転できればそれが一番いいということになり、ご高齢ではあってもついつい、運転を続けてしまうというお気持ち、わかります。

 とはいえ。
 やはり、いくら健康状態も良く脳みそ含めて元気だとしても、自分で自動車を運転できる年齢には限界はあるでしょうし(個人差はあるにしても)——となると、やっぱり、自動運転が望ましいですね。

 この技術が実現すれば、現在頭打ち状態にある、自動車販売自体も、潜在的な市場を掘り起こすことになるので、ちょっと「目の色を変えて」取り組んでほしいな、と思います。

 自分で自動車を運転するのが好き、という方々は、この話になると、苦虫をまとめて10匹噛み潰した、みたいな顔をなさいますが(笑)、多分、自動運転の時代になっても、免許も必要でしょうし人間が運転してはいけないということにもならないでしょう。なるとしてもそれは相当、先のことなので、自分には関係のないことだと思っていただきたい。

 私は基本的には田舎住まいの方が性に合っているので、可能な限り、田舎にいたいと思いますが、高齢になり体もきかなくなったときには、例えばひとつのビルの中で、買い物から病院からまとめて用事が済ませられるような、システム管理のされた場所を望まざるを得ないだろう——と予想中。

 ………自動車の運転は、人間の各種能力を考えたら、本当は、「そもそも人間がやってはいけないこと」だと思ってるんですよね実は。
 免許を取りに行ったときに、例えば人間の反射の能力や、認知能力、視力や聴覚の能力のありようを考えると、人間が、こんな物騒なものを運転してちゃいかんでしょう、と思って震え上がったんでした。

 そんなことを言ったら飛行機とかは、と言われるんですが、電車や飛行機に比べ自動車は何がいかんかって「歩行者と一緒」ってこと。
 カーレースみたいに、車と人間の居場所を分けてあるならいいんですが、………冷静に考えてごらんなさいまし、あんな鉄の塊が凄まじい速度で走る中を、人が無防備に歩いているって、どんだけ恐ろしい状況か。

 事故を起こさないのは運がいいだけだ、と、私も過去、何度思ったかわからない。

 機械が制御する車の方が、誤作動だらけの人間なんぞよりも、はるかにまともな安全運転ができる、と思っております。

 そういえば先日、「高齢者」の定義が変わりましたね。これまでは65歳以上だったのが75歳以上になりました。お国もなかなか苦労なさっておいでのようです。

 定義はどっちでもいいから、私がまだなんとか頑張っていられるうちに、自動運転が実用化されますように。(祈願)
 
 
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tag : 時事問題

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