四大文明は存在しない


 へー、と思ったツイート。
 私も学校では四大文明、というので受験までした世代でございます。
 それで「MASTER KEATON」で、そんな学説、古いよ、もうないよそんなの、というのを読んでびっくりして、あー、そーなんだ! と。

 マスター・キートンから数えてももう20年くらいにはなりますかね?
 当時ですでに、学会では正式に、四大文明などというものが否定されていたのなら、現在では教科書に載ってないのは当たり前でしょうね。
 ……と思ったら、ツイ主様の他のツイートによれば、日本の文科省が、「四大文明」って記述を教科書から外せ、と通達したのがわずか3年前とのことなので、これはこれで「うーん;;」ですね。(^◇^;) ちょっと遅いんじゃない? ということで;;



 大河ドラマを見つつ、ツイッターで皆様のツイートを拝見するのは楽しいことですが、でも、「史実厨」という人たちが出てくるともう台無しになります。
 2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」は、最初のうちはツイッターで楽しんでいましたが、この史実厨とミソジニストの巣窟になってからはもう荒れてしまってどうにもならず、半年持たずにツイッターのTL、見るのをやめてしまいました。

 で、昨年の「真田丸」でも危うく、その史実厨にやられかけていて、どうすりゃ「駆除」できんのコレ? と思わず真顔になるくらいでした。
 その後幸い、時代考証をなさっている丸山和洋先生がツイッター上で詳細を教えてくだいまして、史実厨を(結果的に)粉砕。

 思わず五体投地で拝みたくなるありがたさ。

 それはそれとして、でもさすがに現役専門家のお話は聞いていて面白く。
 もう4、5百年前のことでいろんな「事実とされること」も、あんまり変化しないんじゃないかと思ったらとんでもない。
 日々、学説は変化しているというくらいなんですね;;

 こういう知識もしくは情報の更新は、よほど本人が気をつけていないと難しいことだとも、思いました。
 私もさほど興味を持たないことなら、それこそ、未だに「四大文明」を世界史の基本だと思い込んだままでいたかもしれない。

 一度学校で教えられたことって、自分が特に興味があることではない限り、試験で泣かされた嫌な記憶と結びつき、もうそれ以上触る気にもならないままに放置されますよね。
 で、気がついたら化石よりも価値のない「知識」を、後生大事に抱えていたりする。

 史実厨の鬱陶しいところは、そうやって現在では化石以下になっている古い知識で、他人を断罪し、えらっそうにモノを言うところ。
 エラそうに人様を罵倒したところ、あっさり丸山先生の、控えめだけど専門家らしい揺るがない口調で、的確に「訂正」を喰らうわけですから——そりゃもう、赤っ恥もいいところでしたでしょう、ご本人には。

 本来なら、知らないことは恥とは思わないところですが、まあ、史実厨の場合は日頃の行いが悪すぎて、追い討ちかける気もないけど同情する気にもならず。

 ただ、情報のアップデートの難しさ、一度「常識」だと「思い込んだ」ことを、これもしかして常識ではないのかもと疑う難しさを感じます。

 私が今いちばん面白がって聞くのは、宇宙観測のお話や、量子論だったりしますが(高校数学で立派に落ちこぼれたオツムですが、そういうヤツですら、ある程度は楽しんで聞けるように、一般向け書籍を書いてくださる先生方のありがたさよ)、——ああいうものは現在の知のフロンティアだから、日々、情報更新があって当たり前だと思ってますが。
 歴史の世界はもう、ある程度のことは「固定」している、というのも、ただの思い込みなんだなあ、と実感したことでした。

 となりますと、昔、学校で教わったこと習ったことを、無意識に「常識」だとして固定し、情報の更新をしてないことって他にもいっぱいありそうですよねえ。

 その昔、とあるクイズ番組では「知るは楽しみなりと申しまして…」というセリフがありましたが、試験を受けるんじゃないんだし、知ることはいつも、生き物みたいに細胞が入れ替わり変化するものだ、ということを忘れず、楽しんでいければいいなと思います。

 宇宙論が好きなのは、なんせこの世の7割がダークマター(暗黒物質)と呼ばれるもので、つまり私どもは、科学科学と偉そうに言ったところでこの世の3割のこともろくに解明してないんだ、と思うと、——「知らないことが山ほどある」と思うと、嬉しくなってくるから。

 知らないことを知ることは(基本的には)楽しい。
 常識なんていつでも書き換わる、ということが、私には楽しいことになるようです。
  
 
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