今日もどこかで
2017年01月06日 (金) | 編集 |
 今日は金曜日なんですね。曜日感覚はまだ狂ったままです。(^^ゞ
 まだ松も取れないというのに、どうもこう、気持ちがスカッとするような話題を思いつけなくて困っております。

 唯一書こうかなあと思った話って、これも下手をすればゴシップの類になるのではと思われるようなことで、日頃ゴシップを嫌っている人間がそれを書いたらまずいだろう、と思われるので却下。
 いや、あるはずなんですけどねえ、気分がスカッと、とまでは言わなくても、グズグズすることはないくらいのものが。
 そういうものをさっと思いつけなくなっているのはちょっとマズイかなあ。

『めざましテレビpresents 私と、めざましと、小田和正の11年~今日も どこかで~』
2016年12月31日(土) 17:00~18:25
http://www.bsfuji.tv/mezamashioda/pub/

 年末年始のテレビのつまらなさというのは、もう、しょうがないと思いますが、しかし時々、こういう、ふだんだったらまず見られない、レアな特番があったりするから油断もなりませぬ。(^^;)
 偶然、新聞の番組欄で見つけて、うわーっと思い、予約録画しておりまして、まだ、冒頭30分ぐらいしかみておりませんが。

 なにせ喋らない人なので、こういうの貴重なんですよファンにとっては。

 めざましテレビと小田さんが、それほど深い(?)おつきあいとは存じませんでした。
 軽部真一アナウンサーや、永島優美アナウンサーの、小田さん評も聞いていて面白い。ふだんあまり緊張しない人さえものすっごい緊張したけれど、話し始めてみるとお優しいお人柄で、みたいなのを聞いて、
「小田さんも丸くなったんですよねー‥……」
 と、往年を知るものとしては、ニヤニヤしてしまいます。
 いえもちろんそんな詳しく知っているわけではないですけど。

 ファンから見てさえ、とっつきにくい人、というところがあるのを否めなかったのに、ずいぶん丸くなったというのには、年齢ばかりではない、きっかけがひとつ。

 小田さんが52、3歳の頃ですからもう20年近く前ですか。雨天の高速道路で単独の事故を起こし、肋骨だの鎖骨だのをバキバキ折るようなお怪我をなさいまして。
 これはどこかで小田さんご自身がちょっとだけおっしゃったことですが、そのとき、ファンも含めて大勢の人から心を寄せてもらって、そのことにずいぶん——感激なさったご様子。

 たぶん、人さまからの思いといったもの、それまででも十分、わかってはいたはずなんだけれど、それが本当に、文字通り「骨身にしみる」、理屈も感謝さえも超えたところで「ああそうなのか」とわかって「受け取る」ことは、やはり、劇的なことなんですね。

 わかってる、というのと、もう腹の底にズシリと響くほど「わかる」のは、やはり基本的には違うんじゃないかな。

 人から思われることは「わかって」いても、でも、それを本当に受け取る、受け入れる、ということが、なかなか人間にはできないことかもしれません。

 頭でわかってるなんてのは、わかってるうちに入らない。感謝してますなんていうのも、別に嘘じゃないけど浅いところ。
 本当に受け取って受け入れてしまうには、どこかで自分のエゴを溶かしてしまう必要がある。

 九死に一生を得る、生死の境をさまよう——となりますと、さすがに俗世の垢バリバリのエゴは吹っ飛んでしまうようですね。
 死にかけたところから生還し、価値観が一変したというお話は多くあります。

 私は、小田さんの変化は、あの事故がいちばん大きかった、と思って(かなり遠目にですが)拝見してます。

 昔はコンサートでもまず話すことなどなく、こんばんはといったきり、というのがスタイルでしたので。
「月曜組曲」もそうだし、「クリスマスの約束」はもちろん、その試験的な番組だったと思われる特番「Looking Back」——とにかく「あの小田さんが喋ってる!!!」という衝撃は、未だにあります。
 それくらい、小田さん=喋らない、というイメージが強固だったんですよね。

 あれは、いろんなものを守りたかったからだということは、逆に、今の私どもには理解できる。
 面白いな、と思います。

 私なども1回そういう劇的な改心をもたらす経験をした方がいいんだろうなと思いつつ、これは自分でやろうと思ってできることでもない——自分の意思でそれに近づこうとするのが、種々ある修行法なので、ま、そんなにやりたきゃちゃんと修行すればということになるでしょうね。(^^ゞ

 今の小田さんは、多くの人が、なぜかわからないけど涙が出てくる、というような歌を紡いでいらっしゃる。
 あれを見ますと、小田さんもまた、天からあるお役目を見込まれて、そのためにあんなことがあったのかもしれない、と思えてきます。たぶん以前の、「殻」に包まれているままでは、そのお役目にはちょっとばかり、不足するものがあったから。
 …………ええええ、ファンの寝言だと思ってやってください。それはそれで私は否定しません。(^^;)

 今はただ、年月って面白いな、と思いながら拝見するばかり。

 人生を四季に例えるなら、秋の季節に入ってようやく、春や夏の出来事を、その意味を、ああなるほどねーと言えるようになった。そんな気がします。
 今、春から夏の盛りにある人には、より豊かな実りがあることを願います。きっとそうなりますよ。


 といった感じで、録画したのをちびちび(笑)楽しんで見ていきたいと思います。
 
  
関連記事