嘘つきは杭を打つ
「出る杭は打たれる」が、「出すぎた杭は打たれない」って言った方、どなたでしたでしょう。
 聞いたとき、ああなるほど、確かになー、と納得したんですが。

 いじめでも何かの差別でも「出る杭は打たれる」でも、その根絶がなぜ難しいかというと、みんな嘘ばっかり言うから。
 いじめなりなんなりの原因は「自分(たち)とは異なる」ものへの「恐怖」「不安」なんですが、——つまり、あえてその原因を求めるのなら、加害者側が持っている不安と恐怖がすべての始まり。
 なのに、みんなそのことを認めない。

 とはいえ人間、嘘も言い切れないもんだな、と思うのは、いじめられる側に「も」問題がある、という言い方があること。
 も、ということは、自分たち加害者側に「も」問題があるということを、無意識でしょうが分かってはいるんですね。——認めたくないという意識に負けて、その辺指摘をすると基地外みたいになって怒るけど。

 いじめや差別の原因は、加害者側が潜在的にもつ「自分とは違う」ものへの不安と恐れ。

 原因が特定できたなら解決もできるだろうと思われるでしょうが、実際そうはいかないのは、この不安や恐れというのは自分の身を守るというレベルにおいては必要なものだから。
 違和感や警戒心は、それはそれなりに必要なものなので、いじめ差別がけしからんからと言って、不安恐れを全否定もできないんですよね。

 つまるところはバランスの問題で、今、それを機能させていい場面なのかどうかを、本来なら自分でコントロールすることが求められる。
 そのコントロール、バランスをどうするか、と言うところで、私どもはPC含めて、あれこれ試行錯誤中ってことなんでしょう。

「出る杭は打たれる」の場合はまたちょっと事情が違うところがあって。
 直接の利害関係にはないはずの相手から、いきなり攻撃されるのって意味不明ですよね。専守防衛は無論、先制攻撃としても理解できない。
「動機」はわかりにくい。これという理由があるわけではない、ように見える。

 でも、話を聞けばなんのことはない、出る杭に対する嫉妬なんですねあれ。
 わかったときは、なあんだツマンネ、と思ってしまいました。(^◇^;)

 生意気だの調子に乗ってるだの、そういう言葉が出てきたら、ああ嫉妬してんのねと思って間違いない。

 べつに、嫉妬が「悪い」ことだと決めつける気はありません。
 嫉妬という感情は、自分が同じような希望や願望を持つからこそ現れるもの、希望も何もない人間は嫉妬さえしない、ということを私も承知しているので、嫉妬するようなら立派なもんですね、と思うくらい。

 でも、話がややこしくなるのは、そういうことを正直に言わない人が多いからでしょうね。

 不安なり恐怖なり嫉妬なり、自分が持っている「本当のこと」を隠して、他の言葉に言い換え、あるいは「自分は悪くない、あいつが悪い」と責任を転嫁する。

 出る杭をみっともなく打とうとする人に、「ああ、嫉妬してるんですね」などと言おうものなら、もうね——大変なことになる。
 怒られるし恨まれる。しかも半端なく。(^^;) ←経験者

 出る杭を打つ人に「ああ、嫉妬してるんですね」と容赦なく言うのは、何かに半狂乱になって怒り狂っている人の目の前に、いきなり鏡を置くようなものなんでしょう。
 鏡に映った自分の姿に驚き、たじろいで。
 それで、自分の姿を恥じるようなら可愛いんですが、大抵の人は、鏡を置いた人間を恨むんですよね〜。

 まったく馬鹿らしいの一言。だから私ももうああいう人たちを見て、とやかく言う気もなくなってるんですけど。
 でも、自分の「本当のこと」をごまかしたままで、いちばん苦しいのは自分なのになあ、とは思ってます。

 人の意識はなぜこうも「嘘つき」なんだろう。
 最近感じる、最大の疑問です。

 嘘をついているという自覚すらない。でも、嘘はしょせん嘘なので、「本当のこと」にたどり着かない限り、どこかで無理も矛盾も生じる。
 無理や矛盾は誰かを傷つける。
 誰かを傷つければ自分も傷つく。

 嘘をついて、いいことなどひとつもない。——それでも嘘をやめられない。

 業が深い。そんなふうに思います。

 とはいえ。
 なんだかんだ言って、私はこういうところでは、本当に幸せな——オメデタイ——人間なんだろうなと思うのは、こう言うことを言ってここまで平気で生きてこれたと言うこと。

 嘘をつかなければ生きられない環境はある。そういう場所に置かれたときでも、私は同じように、こんな「生意気」なことを言っただろうか、と、ときどき考えます。

 環境次第では、やはりそれはできないことだっただろうなと思います。そう思うと、世辞のひとつも言わずに済んでいる、と言うのは、この上なく贅沢で恵まれたことなんでしょうね。

 世辞は言わないというと、またそれこそ嘘を、と言われますが。
 私の場合は「世辞を言えるほど知恵が無いのです。何かのポリシーあってのことじゃありません。
 おつむのレベルの話です(笑)

 でも、本当に何ひとつ、いいことが思い浮かばないとか、言葉を他の言い方に変えることもできない、なんて事態は、まず、ないですよ。
 お世辞を言わなければならないほど、本当にいいことなどない、なんてことは滅多にない。人間はそこまで絶望的な生き物でもない——ありがたいことに。

 それでもなお、世辞を言わなきゃいけない場面はゼロではないだろう、知恵が無い奴は、そういうときどうしたらいいか? と聞かれたこともあります。
 そういうときはですね——、にっこり笑って黙っていれば宜しいのです。
 多少バカにされたりしますが、バカにされている分には、先様の気分が悪くなることもありません。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(笑)

 出る杭が、出過ぎた杭になるのにもそれなりに時間も準備もかかるでしょうから、やはりここは、「嘘をつくのもほどほどにな」という確認作業の方を、先に進めておくべきかと、私としてはそんなふうに考えております。
 
 
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