すき焼きはお好き
2016年12月23日 (金) | 編集 |
 いきなりですが。
 スキヤキ、お好きですか?


 異文化の受け入れということからすると、幕末から明治期の人々はすごいなとは思うんですよね。
 明治という時代は、好きではありませんが。
 個人的な好き嫌いと評価は別。

 あの文化の断絶と破壊、廃仏毀釈の愚、国粋主義で廃仏っていうなら神社を大事にしたかというとそうでもなく、鎮守の森を破壊し続けた異常行動(精神異常を思わせるむやみな樹木伐採の”流行”は、最近、目につくので気になってます)、中でも「国家神道」の異常さ、精神の奇形が、1945年の敗戦につながったとまで私は思っていて、司馬遼太郎先生に喧嘩を売る気は無いけど、とにかく、あの時代ははっきり言って「嫌い」。

 ですが。
 異文化を取り入れた実績は、すごいものがある。

 学術用語の「日本語作り」、それを実現した素養は素晴らしいと思うし、あんパンの発明は天才だと思うし、そして「スキヤキ」の考案。

 ………とはいえ。
 現代においてはスキヤキってどうだろう? と、思うことが。(^^;)

 私は大して肉好きでは無いので(嫌いでもない)、本当にお肉が好きな方から見れば、「ものがわかってない」ので、そのへんご容赦いただきたいのですが。(^^ゞ

 実は、子供の頃からあのすき焼きって、好きじゃなかったのです。
 特に美味しくないと思ったわけでもないけど、他の人々が喜ぶほど、美味しいものだとは思えないというのが本音。
 すき焼きが好きじゃないというより、肉そのものがあんまり得意じゃないんだろう、と思ってきましたが、それを全否定してくれたのは山形県・米沢牛。

 牛肉ってこんなに美味しいものだったのか! と、なかなかの衝撃でした。

 以後、年に2回くらいですが米沢牛をいただくようになりまして。
 家に届くと「どうやって食べるか」を家族で話し合ったのですが、どうもスキヤキはなあ……という結論に至る。
 改めて考えると、スキヤキって、お肉自身が美味しいのなら、逆に「もったいない」食べ方なんでは? と思えてきました。
 砂糖つけて焼いたり、割り下使ったり、どうもいちいち肉の風味を「消す」ようで、せっかくの米沢牛を、もったいない……! という感覚。

 そのとき、そうか、と思いましたのは。
 明治期の牛肉———庶民が(中流とはいえ庶民が)食べた当時の牛肉が、こんなに美味しいわけないよね? ということ。

 砂糖、醤油、どうかすれば味噌も使うことがあったという(当時の)すき焼きは、——あの調理・調味法は「肉の臭みを消す」意味も小さくないですよね。加熱して硬くなりがちなのを可能な限り防ごうとする意味もあるし。

 となれば、どうかしたらミディアムやらレアやらでいただきたいくらいのお肉を、すき焼きにしてしまうと、美味であることさえ「消して」しまう。
(消すべき臭みもなければそうなる)

 現在では、お肉といえば焼肉の方が一般的で、スキヤキは昔ほどには珍重されなくなっていますが、それももっともなことなんだろうなあ、と。
 米沢牛をかみしめつつ思う年の瀬。

 子供の頃、すき焼きは大して好きではない、と思った私の味覚は——、当時は米沢牛みたいな肉があるとは夢にも思っていなかった頃のことなので、ま、あれは単なる好き嫌いなんだろうな(笑)
 特に肉の旨みがどうこうなんて考えてなかったはずなんで(笑)

 とはいえ——すき焼きは肉という素材の旨みをも消してしまうというのも言い過ぎなんでしょうね。すき焼きにはスキヤキの、「旨みを引き出す」ところがあるんでしょう。
 そうでなければ未だに人々に愛好されるはずもない。
 肉食は得意ではない、という人間が、本来、口を出すところじゃないんでしょう。

 で。

 今回あらためてすき焼きの歴史を調べよう……と思ったら、でてきたこちらの記事。
 すき焼きと牛鍋は別である、ということ。
 初めて知りました;; そーだったのかー…。

別物じゃんか~!「牛鍋」と「すき焼き」の違いは“歴史”にアリ
かつて横浜で発祥し、東京で流行した「牛鍋」。「すき焼き」とはどう違うのでしょうか?

2016年02月14日 06時00分 更新 ITMedia

 私が指しているのはこの場合、東京風の「牛鍋」であり、本来的なすき焼きではない……ということになるみたいなんですよね。
 知らなかった…! としばしモニター前でボーゼンとしてました。
 話って聞いてみないとわかんないもんだなー……。

 さらに、生卵を使うか使わないかについても由来はあるようで。
 ついでなのでもう少し、調べてみようと思います。



 
 
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