Entries

客としての仁義

 焼き鳥を食べるときに、串から具を外すのは如何なものか? というお題。

 基本的にはそりゃまあ、食べる方の好きでよろしいと思いますが、驚いたのは、何人かで焼き鳥を頼んだ場合、一本を一人が食べるんではなくて、そうやって具材を全部外してバラバラにしたうえで、各人に配るんだそうで。
 それを「シェア」と言われたときにはなんとなく失笑。
 まあ確かにシェアっちゃあシェアですが(笑)

 シナ料理やイタリアンでは、料理が大皿で運ばれてきて、自分の取り皿にいただくというスタイルもありますが、あれだって、3人前なら3人前を大皿に盛ってるわけで、本来の1人前を3人で分けるというようなことはない。基本的には。

 もうどーしてもお腹いっぱいで、でもせっかくだからそのお店の料理をもうちょっとだけいただきたい、という場合はあり得ますが——ハナっから「シェア」して安くあげようということだと、そりゃ確かにお店としては嫌だろうなとお察しします。

 学生の頃の友人で、ちょっとばかりやんちゃが過ぎてお店のご亭主に叱られたヤツがいますが、その時のご亭主のセリフがよかった。

「客には客の仁義ってもんがあるんだ!」

 私はあとから話を聞いただけで、連中がどんな悪さをしたのかは聞いていませんが(聞くと腹が立ちそうだったので聞きませんでした)、でも、このセリフはいいやね。とにやにや。

 そう。「お客様は神様」ではないのだ。
 上から目線という言葉は私はどうも違和感があって使いませんが、でもまあ、「自分は客なんだから神様だ」なんていうのは、その時点で既に客扱いしなくていいなと思いますね。

 この世は人の世。いるのは人間だけで神様なぞいない。
 格差がどーたら差別がこーたらということでもし誰かのことを非難するのなら、どんな場面でもどんな人が相手でも「人間同士」という「タイ(対)」である、ということを考えから外してはならないだろうと思いますね。

 お店にはお店の事情があるし、先方だって人間ですから、お互いに気持ちよく過ごせるようにという心配りをしてくれる人の方がいいというのも自然なこと。
 客なんだから何をしてもいい、何をしようと自分の勝手、他人の事情や思惑なんて関係ない、という態度を取りたければ取ればいいけど、その代わり、それにふさわしい対応をされたからって文句を言う権利はないでしょうね。

 そんなことはともあれ。

 私も焼き鳥は大好きで、家族で贔屓にしていた焼き鳥屋さんには以前にはしょっちゅう行ってました。
(現在は他の経営者に売却されており、以後はなんとなく足が遠のいてる。味が変わったわけでもないんですけどね;; 秘伝のタレ込みでの売却だったそうなので)

 焼き鳥を串から外すと、確かに美味しくなくなる。これは私も自分の経験からそう思います。
 あの串を刺すと言うのもずいぶん技術のいるもののようで、——素材そのものの味や、火の加減や扱いもありますが、やはり、串に通すのにも、ちょっとした工夫はありそうですね。

 串から外すとちょっと味も落ちるということに何か根拠はあるだろうかと探しましたが、「冷めやすい」「肉汁が出てしまう」というのが代表的なところ。

 串から外すとすぐに冷めてしまうというのは確かにある。してみるとあの串が、保温材の役割も果たすんでしょうね。
 風味が抜け落ちるように感じていたのも、気のせいでもなかったようです。

 串のままでは食べにくい、というのなら、最初から全部外すのではなく、一口食べるごとにひとつ外す、ということならわかるなあ、というところ。

 私が好きだったそのお店には、焼き鳥を串から外して丼ごはんに載せてタレをかける、「焼き鳥丼」がありました。
 あれはあとからタレをさらにかけてもらうので、贅沢の極みという他はなく、常連さん用の裏メニューでした。
 あれは串から外してもタレをかけるので、風味を閉じ込める、冷めにくくする、肉汁の保護(?)ということはできてますね。

 外すのなら外しても美味しいようにするなら問題ない。
 でも、それができないなら、やはり、串は串のまま、いただいた方がいいように思います。

 職人さんの「気持ち」とか、お店側の心遣いを、「そんなもの関係ない」と足蹴にし、「何をしようと客の勝手」と無視してかかる人というのは——ま、有り体に言えば「無粋(ぶすい)」ですね。

 もちろん、自分の好きなようにしてもいい、でもその時には、それでも、相手に一言断りを入れるとか、あるいは他のことで失礼をカバーするとか、そういう「仁義」を心がける方が、「美しい」と思います。
 
 まあ、粋(いき)であるとかないとかっていう価値観も、もう滅亡しているようなもんなんですかね。
 マナーがどうこうといちいち言うことが、すでに無粋という気がいたします。

 今でもこの「客には客の仁義ってもんがある」というセリフは脳裏をよぎることがあって、客として自分はこの場面ではどうすべきかを迷ったとき、いい指針になってくれているようです。
 若いときにいいことを教えてもらったな、と思うことのひとつ。
 
 
関連記事

ご案内

プロフィール

みずはら

ブログ内検索

最新記事

地球の名言

presented by 地球の名言

右サイドメニュー

月別アーカイブ