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手法の違い



話題の映画『この世界の片隅に』を実写で撮れぬ日本映画界の惨状
2016.11.30 MAG2NEWS

 いわゆる映画好きの人には、アニメ(映画)を見下す人が多い、と言う印象がありますが、でも、映画好きの人とは限らないかな——、同じものでも実写ならエライ、アニメだと「子供騙し」、とみなす姿勢、考えって、根強いですね。

 じつはこの点についてだけは、故・小松左京御大に賛同できなかった、と言う思い出があります。(^^;)

 なぜ実写なら「エライ」、アニメだと「おもちゃ」扱いなんだろう。これはどうにも、私にはカケラもない感覚なので、ど——————おしても!!! 想像もつかない。

 アニメというのは映像手法の一つなんであって、どっちがエライえらくないの話じゃない、というのが私の思うところ。

 20数年まえはアニメといえば「子供向け」だという「決めつけ」が現在以上に強固でした。
 アニメ=子供向け、というイメージが強固な友人と話していても、見事なくらいのすれ違いっぷりで、とうとう頭にきて、
「アニメ作品というだけで子供向けだというのなら、アニメで作られたポルノ作品はどーなるんだ?」
 と詰め寄ったこともございます。

 もちろんこの問いにははかばかしい返答はありませんでした。あるわけないよ、アニメ作品なら無条件で子供向けとする根拠はないんだから。あるのはアンタの勝手な決めつけだけ!

 などと言っておりましたら、逆に、アニメで作られたポルノは、ある意味、法の規制の「盲点」となっていたため(この一点だけで、世間様の思い込みの酷さがわかります)、無法地帯にも近いものになってしまった。
 ある種の愛好家の方々には、下手な実写作品よりも良好だったとみえて、人気は隆盛、となるとアングラのままにしておくのも困難となり、——その後、アニメと言ったらエロというイメージが先行していったというのは、頭の痛い話でもあり、「言わんこっちゃない」というところでもありました。

 実写の方がエライ、という、その思い込み、決めつけってどこから来るんでしょうね?
 実写映画とはいえ、いまやCG使用は当たり前となり、CGだって広い意味ではアニメじゃんか、と、私などはヘソを曲げながら、本稿、拝読いたしました。

 小松左京御大のエピソードというのは、筒井康隆御大の「虚構船団」の、映画化権をよこせ、と(酒の席のことではありますが)迫ったんだそうで。
 筒井さんが、「アニメですか」と聞いたら
「アニメなんか誰でもできる。実写だ」
 とおっしゃった——というお話。

 ……へえ。
 アニメ「なんか」、「誰でもできる」。
 やってもらおうじゃありませんか。

 実際、それをやってくれた後だったら納得のしようもあったかもしれませんが。
 いかな小松左京さんのお言葉とはいえ、こればかりは承服できませんでしたし、今でもそう。

 そんで実写にこだわってできたのが「さよならジュピター」っすか………というのは私の独り言。(^^ゞ

 むしろこういう意味不明の、根拠もない偏見で、見るべきものを見下す批評家が少なくないということが、日本の映画界の最大の不幸なんじゃないの? と思っております。
 手法がアニメなのか実写なのかは問題じゃない。それは表現する人たちの、意図や目的(……と、予算……)に沿って選んでもらえばいい。その結果、表現したいものに手法が的確であれば、いい作品となってくれるでしょう。

 でも、手法を見ただけで作品を見ないという態度では、何をどう評価できるというのか。
 私には疑問です。

 でもって。
 上記コラムの筆者には悪いんですけど、こういうツイートもありましたよ……。



 じつはすでに「この世界の片隅に」実写作品はある、とのこと。

 …………なんともはや。(^^;)
 
 
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