武士は相身互い


 読んだ瞬間に思わず吹き出したツイート(笑)
 他人に対しては、「私に配慮しろ」というくせに、自分は他人に配慮しないのな。——というご指摘はごもっとも。
 まあ、人間てのはそんなもんです(笑)

 配慮や心遣いというのも難しいところがあって、配慮、心遣いをいただいていても、ぜーんぜん通じない、わかってもらえてない、ということも結構あるでしょうしね。
(すみません何かと鈍くて;;)(←)

「嫌いな人に配慮を」
 については、妥当なものもそうではないものもあるので、ここんとこ度々申しておりますように、
「聞くべきクレームと、早く警察へ通報をというレベルの”言いがかり”はちゃんと区別しましょう」
 ということで。

 今までは実際、「お客様」をあまりにも拡大解釈しすぎてきたと思います。
 バカがバカである所以(ゆえん)は、「限度というものを知らない」ことにある。
 何かひとつうまく運んだことがあると、しめたと喜んで何度でも繰り返す。
 1度2度なら我慢してもらえたことでも、何度も何度も重なったうえ、暴力の欲求はエスカレートして、もはやモンスター(非常識)というレベルさえ超えて、犯罪にまでなっていく。
 そうなったらもう誰も我慢などしない。法的にしかるべき対処を、ということになりますね当然。

 で、この段になるとおおあわて、そんなつもりじゃなかった、などと意味不明の文言を繰り返すわけです。
 ことここに至る前に、なぜ、「ほどほど」ってところでやめないんだよと思うけど、そういう判断がつかないからバカだって言われるんでしょうねえ……。

 本来的には、「嫌いな人に配慮を」というのは、もっともなことがほとんど。
 そういうのを見て、「自分もあれで行こう」と思うモンスターがあるようです。
 ああいう言い方をすれば自分のエゴも通してもらえる、と考えるんですね。

 聞くべきクレームと、相手にしてはいけないたわごとというのは、表面上、言葉づらだけならほぼ同じ。
 ここがモンスターなんちゃらの巧妙なところなんでしょう。
 でももう、その手には乗らない。——そう決めるべき時期になったんでしょうね。

 ネットは、いろんな意味で情報の流通を画期的に高めたけれど、一方では「発言させてはいけない人にまで、発言の機会を与えた」ことが、無視できない問題になってきました。
 それで、今までであればまあまあなんとか丸く収めてきたことも限界を超えたということで、
「聞くべきクレームと、相手にしてはいけない(犯罪レベルなら法的対処を躊躇わない)ものを区別する」
 ことが、どうしても、必要になってきたんだなと感じます。

 確かにこれまでは「嫌いな人への配慮を」と言われることはあっても「好きな人への配慮を」とは言わなかったなあ、と思ったらちょっと可笑しくなりまして。
 もちろんこの言い方はユーモアによる「お返し」ですが——たぶん、今までなら、「好きな人」たちは、配慮を、などとは言わず、自由だの権利だのと大上段から振り下ろしていたんじゃないかな。

 自由だの権利だのと言うよりは、「好きな人への配慮を」の方が、柔らかくていいな。( ^ω^ )

 好きな人、嫌いな人、それぞれの配慮を、ということの例としては、タバコが引き合いに出されるようです。
 ただ好き嫌いではなく健康上の深刻な問題があることはまた別の問題として存在することはご了承いただくとして。

 確かに——嫌煙家も、愛煙家の「気持ち」には、もーちょっと配慮しましょう、とも、思います。

 そういうともう、猛然と、凄まじいブーイングを食らって、それを見るだけでも愛煙家の方は気分を害されるようですが。
 嫌煙家のアレはですね——「過去の恨み」なんですよ。過去、たいそう嫌な思いをしてきた、でも、それを、以前には社会風潮として、まるっきり無視された、——自分は踏みにじられて傷つけられて、誰も守ってなどくれず、自分はひとりで孤独に戦うしかなかった、という、悲しみと怒りの「過去」がある。

 やり場のないまま溜め込んできたものが、今、ああいう風に噴出しているのだ、ということを、ちょっとだけでいいのでご理解ください。

 私も嫌煙家であり、喉が弱いので健康被害も立派に受ける身ですが、でも、「他人の嗜好についてとやかく言いたくないし、いうべきでもない」という気持ちがあるし、それを(可能な限り)守っていきたい、とも思ってる。

 なぜというに、私自身も、他人から理解されない「嗜好」があり、もうそんなもんに理解など求める気もないというくらいになっていますが、不快であることには未だに慣れていない。
 自分がそういう思いをしているので、人様にも、同じことは(可能な限り)しない、という「決意」があるわけです。

 好き嫌いはお互いにどうしようもないもの。
 社会の中ではそのあたり、お互いに譲り合って我慢しあっていくしかないんじゃないでしょうか。
 で、譲ってもらったときには当たり前ヅラしないで、ほのかにでも感謝できたら、なおよろしいんじゃないかと思います。

 先日には「お客様は神様です、だといろいろ間違えるから、神様じゃなくて『お互い様』のつもりでいる」というツイートをお見かけして、ああ、まさに。と思いました。

 武士は相身(あいみ)互(たが)い——って言い方がありまして。
 武士じゃなくても、相身互い。
 そういうことで、いかがなもんでございましょう?
(……いかが、って;;)

(それにしても、このクソリプというもの、被害に遭っている方を見ると、同情の念を禁じ得ません;;)
(バカは相手にしない、というのが基本でいいと思うけど)
(でも、バカはすぐにいい気になる、図に乗る、というのも事実なので、そのあたりの兼ね合いが、考えるべきところなんでしょうね;;)
  
 
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