やさしいごはん

 
 料理つながりでこんなお話。

 私はみていませんが、ちょっと前にツイッター界隈で、麻婆豆腐の素とか、ああいうソースを使うのは手抜き料理、というようなお題で盛り上がっていたようです。
 材料を刻んで炒めて、で、あの「素」ソースを入れて火を通して出来上がり、というの。

 そんなん料理じゃない、みたいな極端なご意見もあったようで、かなり盛り上がったみたいですが。
 私は土井善晴先生のそのご著書は未読ですが、おっしゃる主旨が上記ツイートの通りであるなら、「そうですねえ」と思います。

 実際「単純なものを下に見る」という風潮はあるし、私はそれには反対することが多い。
 余計な湯むき、皮むき、過剰な灰汁(あく)取り……なんでそういうモッタイナイことするかな、と、料理に限ってはそう思います。

 基本的に野菜や果物というのは皮にこそ栄養がある。でも、いわゆる料理番組を見ていると、その一番栄養価のあるところを外しちゃうことが多いですね。
「何もこっちは小料理屋をやってんじゃないんだからさあ……」
 と、ちょっと苦い気持ちで眺めております。(^^;)

 外食——と言われるところは、わかりますよ。栄養価より見た目重視、栄養価より舌触りや歯ざわりの良さ重視になるというのは。
 でも、「非日常」としての「外食」と、毎日2度か3度の食事をするのとでは、意味や目的が大きく異なる。
 日常の食事というのは「美味しくいただいて明日への栄養」ってあたりが基本的なものになると思うので——むしろ、シンプルで栄養が取れて美味しかったらそれでよろしいのでは。

 麻婆豆腐の元にしたって、野菜やひき肉などは自分で選んで買って調理しているなら、それでいいんじゃないでしょうか。
 凝った料理でなければ料理じゃないというのは、妙な思い込みですね。
 そもそも、美味しいことと手をかけることって、意外と相関関係ないんですよねえ……。

 新鮮な材料がなかなか手に入らなかったという歴史のある地域では、めったやたらに手間のかかった料理があったりしますが、——野菜でも魚でも、新鮮だったら食べやすい大きさに切って焼いて塩を振る、ってのが一番美味しかったりするんですよね。

 昔は冷蔵技術も何もない、せいぜい漬物にするくらいしか保存方法がなかったんだから、伝統的にああいう料理になるのも無理はないなあ……、と、変なふうに同情しながら見ているときがあります。(この辺をあんまり言っているとよその地域をディスることになるのでやめておきます;;)

 手をかければ合格、どんなに美味しくても「切って焼いて塩」ってそんなん手抜きだ、料理じゃない、などというのもおかしなことだと思いますね。

 どうも今の世の中って何かと極端化してるんですかねえ……。凝る人は変に凝るし、構わない人は、学校給食がないと子供が栄養失調になるような食生活を平気でしている。
(経済上の理由によるものではない)
(……マジで夏休み明けの子供の中には栄養不良になって新学期を迎える子がいて、学校、PTAともども、頭を抱えている)

 食べることの意味が——なんとなくおかしなことになってる気がする。

 栄養とればいいんだろうつってサプリメントばかり胃に流し込む人もあるというし……「調味ソース」を使ったら料理じゃないっていう人もいるし。
 極端だなあ……。

 かく申します私は、試験期間の1週間、コーヒーとトーストだけで過ごして、試験明けに見事に倒れた、という経験がございます。(^^;)
 もうあのへんで猛省して考え直して、「食べる」意味を考えてきた気がする。

 ここだけの話ですが、和菓子の小豆あんね。
 試しにご自分で、灰汁を取らずに豆を煮て、甜菜糖あたりで作って見てくださいな。べらぼうに美味しいから。
(食品添加物を避ける、という人は、白砂糖なんか絶対使っちゃいけません。白砂糖などは究極の化学物質ですよあれ)

 灰汁の正体もまた、実は栄養の部分だったりします。(^^;)

 ただ、恐らくは「雑味」とも言えます。「商品」として安定した味で提供したいのなら、あの雑味は、やはり邪魔になるでしょう。
 だから、「商品」にするときは、ああいう灰汁などは取ってしまう、皮も取ってしまう、というのは、わかる。

 でも、雑味ではあっても苦味じゃない。
 私は小豆餡の中でも豆をほとんどそのままでいただく「田舎あん」(俗称ですが)が大好きですが、その雑味こそが、豆本来のふっくらした風味と味わいであり、ポリフェノールそのものだったりします。

 手間をかけなければ料理ではない、って、これもおかしな「信仰」だな、という気がします。

 手間をかけることを「目的」にするのもおかしいし、カロリーと栄養素があればいいだろうと言って「食べる」意味を無視する態度も、——どちらも結局は、「自分の体を大事にする」「いのちを大事にする」という、いっちばんの「基本」を、見失ってる気がする。

 私にはとても実技としてはついていけませんが、でも、食べる意味を知るには、辰巳芳子さんのお話が、いちばんわかりやすいかもしれない。

 なんにしろ、それがどんなことでも、あまりにも極端なことを言って、自分や他人を苦しめることのないように願いたい。
 ごはん、食事、って、本来はとても「やさしい」もののはずなので。
 
 
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