全自動時代
2016年11月17日 (木) | 編集 |
 アメリカ次期大統領の政権移行チームも徐々に動き出し、わずかながら公約が「修正」されたところもあるのを受けて、「だから大丈夫だよ」というお声も聞きますが。
 現実路線に「修正」するのはある意味当たり前のことなんだけど、その当たり前を理解しない人がどの程度いて、どの程度の反応をしてくるかの方がむしろ問題かもね。と思って見ております。
 なんにしても現時点では「なんとも言えない」というべきところなので、まあ——可能な限り、いい方へ転がってくれることを願うだけ。
 今言えるのはそれくらいですよね実際。(^^;)

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 ここ最近、高齢者ドライバーによる車の事故のニュースが続いてしまいまして。
 その原因や、考えられる対策についてもあれこれ、ごく勝手な世間話のレベル含めていろいろ言われておりますが。

 一律に年齢だけで免許の資格期間を区切るのも現実的ではないし(健康状態には個人差がありすぎる)、検査をすれば、というけれども認知症の場合、「まだら」状態の人も結構あるので(つまり、基本的には問題ないんだけど、たまに、そういう症状に陥る)、検査をすればいいというものでもないし。

 そもそも、高齢者じゃなくたって心臓なりなんなりの発作を起こす危険性は年齢が若い人にだってあるんで、その辺で線引きしようとしたら結局、——「人間が運転しない方がいい」ってことになるんでは?

 ということで、私としては予てから(もう20年以上前から)言ってきたんですが、「完全自動」車が望まれるなあ、と。

 そもそも人間の反射速度なりなんなりで考えると、人間が、自動車を運転するというのは無謀、無茶、無理、というのが本来だと思うんですよね。
 事故がない方がむしろ奇跡、と思ってちょうどいいんじゃないの?

 自動車だけが通行する状態ならまだわかりますが、歩行者とまぜこぜになった街中を走るというのは、思えば、恐ろしいことですよこれ;;

 私は自分が運転が好きではないうえ、その昔は通勤片道1時間だったので、もうこれが嫌で嫌で。
 事故の危険性、人間の獣性、そのダメダメぶり(これはドライバーのみならず、ライダー歩行者含めて)にもうんざりしたし、「こんな鉄の塊をこんな速度で人間が走らせてコントロールしようなんて思う方が間違ってる!」という結論になりました。

 完全自動の車なら、通勤片道1時間でも、本を読むにしろ朝ごはん食べるにしろ居眠りするにしろ、充分な時間なんですよね。
 それをまあ、毎朝、イライラ、冷や冷やしながら気持ちの休まる間も無く1時間、こんなことをしてるなんて、どんだけ不健康&危険なんだよ、と。

 でも、いい時代にはなったんですよね。私が「自動車は完全自動運転であるべき」だなどと言い出した20ウン年前は、そんなこと言っても、笑われるかバカにされるか無視されるかしか、なかったんで。

 今はそれをいうと、ビジネス面からその「規格づくり」の話も含めて、結構みなさん真顔で付き合ってくれますもんね。(^^;)
 時代と技術の進歩を感じますよ。本当に。

 ということでちょっと以前の記事になりますが。

世界初公開!BMWの自動運転試作車に乗った
システムが責任を持つ「レベル3」

2016年09月26日  日経ビジネスオンライン

 BMWさんの自動運転車のレポートですが、早く一般実用化されないかなあ、と。(^^;)

 田舎住まいの困ったところは何と言っても公共交通機関が「ない」ところ。自動車がないと何もできない、生活できない、というくらいのものになっていますが、高齢者になったときにこれがきつい。

 年をとっても田舎住まいを希望してますが、それを実現するのには自動車は不可欠と思われるのに運転はあまりにも危険となりますとね、最後の希望は自動運転、ということになるわけで。

 自分で運転するのが好きな人々が、この件についてぐちぐちいうのも拝見してますが、悪いんだけどもうそういう「娯楽」の話じゃないからコレ。と思いますね。(^^;)

 まあ、車が賢くなってくれれば、ブレーキとアクセルの踏み間違いだけでも確実に防いでもらえるだろうし、それだけでも違ってくる、とも、期待を込めて、思います。

 自動運転の車が一般化されても、人間が自分で運転するということは基本として変わらないと思いますし。

 元から人間がこんなもんを運転することが間違ってるんだよ、という主張をしてきた身としては、だいぶ時代も追いついてきてくれたな、と(笑)

 なんにしろ、早く実用化してほしい——と、痛ましいニュースを聞いても、その思いが強くなりますね………。
 
 
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