ノーサイド、雑談
2016年11月11日 (金) | 編集 |
 本日は、「1」という数字が並ぶ姿が似ている、ということからなんでしょうか、「ポッキー&プリッツの日」とのこと。
 そう、正式名称は「ポッキー&プリッツの日」。
 なのに、なぜかポッキーの日と言い習わされ、プリッツが抜け落ちるというお嘆きがあるので、正式名称にこだわっておきますね(笑)
 無視されるのって悲しいですもんね……。

 ポッキーもいろいろと季節限定品が出てくるのが個人的には結構楽しみです。なんだかんだ言ってちょいちょい購入します。
 今日も買い出しのときにでもちょっと探してみましょうか。(o ̄∇ ̄o)

        ●

 ここしばらく、カタイ話ばかりが続いていたような気分で……。なんかもう、すんごいくっだらない話でへにょへにょしたい気分です。(どんな気分なんだ;;)
 ということでへにょへにょしながら、雑談。

敗戦のクリントン氏が最後に語った最もパワフルな言葉 「若い人に聞いて欲しい」
「正しいことのために戦うことは、価値のあることなんです」
2016/11/10 03:01
https://www.buzzfeed.com/daisukefuruta/last-message-to-young-girls?utm_term=.qsj1jR870#.hd0zxejwL

 抄訳ではありますが、でも、いい内容のスピーチでしたね。

 今までの彼女のスピーチの中でもこれが一番好き、と言ったツイートもお見かけしました。それはわかるなあ……。
 多分、このスピーチは、ご本人の素直な心情そのものだから、でしょうね。

 それだけ、普段は、瀬踏みをし、計算をしながら、言いたいことを捻じ曲げながら、話さざるを得ないんだろうな、とも、思います。

 私は英語の聞き取りはサッパリですが、こういうスピーチというのは言葉はフォーマルだし、速度としても、丁寧に喋ってくれるので、割合と聞きやすいです。
 ネットにある動画でそのスピーチを聴きながら、いいスピーチだなと思いました。
 言葉そのものというよりも、そこに現れている「気持ち」そのものが響いた。そういう感じでした。

 ヒラリーさんの「チャレンジ」には敬意を表します。これは、ハタから見ている他人には想像もつかないことがあったと思います。
 また、ヒラリーさんのご夫君、元大統領のビル・クリントンさんも——難しいことも大変なことも、言いたいこともあっただろうな、と思うと。

 ………じつは、ちょっと泣けた。(^^ゞ

        ※         ※

 それに引き替え、あのオッサンはな〜……。
 勝利宣言てんですか、そちらも、全部ではありませんが一応見ましたけれど、これだけ深い断絶を作って、それでもなおケンカを売るのを忘れないとは立派。
 言葉ヅラこそ、もうノーサイドにして、共に歩んでいきましょうと言ってはいますが、内実がね。
 片手で握手して残った手で相手をぶん殴ることを忘れない人だ。

 スピーチライターも(当然)いるんだろうし、立ち居振る舞いを指導する人も付いているのでしょうに、それでもなお、ちらりちらりと見えるこの喧嘩腰。
 他人を不快にさせる物腰はこの人の「デフォルト」なんだろうな、と思いました。

「俺に逆らったお前らだが、まあ許してやる。おとなしくしてりゃいいんだ、仲良くやろうぜ」
 そういう風にしか聞こえなかったですね(笑)
 もとから英語は得意じゃありませんから、細かいところは聞き逃していますし、これは異文化の壁で、謙虚を美徳とする価値観と、「たとえ自分が悪くても絶対、謝ってはいけない」という価値観との齟齬というところもあるでしょうね。

「融和と協力とを言いながら、さりげなく喧嘩を売ってくるとはどういう了見だ」
 と思いました。(^^;)
 ………7掛けでいいならいつでも買ってやる(ボソッと)

 ヒラリーさんは、トランプさんについて、「彼が、『私たちの』大統領になることを望む」と言ってましたが(つまり、アメリカ国民全体のリーダーになる、ということですね)(国のなかに敵と味方を作って分断するのではなく)。
 それは難しい気がする。
 あの「本音」がどうにかなるか、せめてその本音を隠すくらいの知恵が、身につかない限り。

 人の「本性」ってあらたまるものじゃないですし、ただでさえそういうものなのに、ご本人にはそれをあらためようという気持ちもないわけですから。
 前途多難なのは確かでしょう。いろんな意味で。

        ※         ※

 世界には確かに今、一種の懐古趣味が流行っているようです。
 ロシアは偉大なるソビエト連邦の復活を狙っているし、シナは「中華民族の偉大なる復興」って言ってるし、でもってアメリカは、「もう一度偉大な国にする」、か。

 グローバリズムや、経済圏の統合や、移民政策には、私は元から賛成ではありませんでしたが——むしろ、それを考えるのはわかるが、あまりにも理想を追いかけすぎて非現実的になってる、と批判気味だったので、その懐古趣味もわかるところがあるけど。

 この先——どれくらいの期間、年数になるかはわかりませんが、人類は、一つの動きと、それへの反動というのを繰り返すんでしょう。
 動いては揺り戻し、混乱し、少し落ち着いたらまた動いて、反動がきて、混乱し——

 うんざりするのは、その動きと揺り戻しのたびに、誰かが傷つき、殺されていくこと。

 今回のことも、そういう動きの一つにすぎないと思えば、そうガタガタいうことじゃないし、言っても詮無いことなんだろうな、と。
 そんな風に思います。

 トランプ氏の大統領就任に反対し、暴力行為に訴えるところもあるようですが、これは賛成できません。
 今回トランプ氏に投票した人たちは、きっちりそのオトシマエはつけることになるでしょうから(日本国民は経験済みだからわかるよね)、ここで、そんなことをする必要はない。
 暴力はいけない、というよりも、自分の身を損なうから、やめておけ、という意味の方が強い。

 こんなところで今さら、私も杓子定規の理念なんか言いませんよ。
 あんな■■のために自分が損をするなんて馬鹿らしいだろう、だからやめろ、というだけのことです。
 人間のリアルそのものですよ。

         ※         ※

 もうアメリカ人やめたい、とか、他の国に移住する、とか、ヤケクソとしか思えないお声もけっこう聞いたし、その気持ち、わかるわー、私も同じだったわー、と思っちゃって、つい。(^^;)

 2009年のあのとき、私は確かに日本国民を「見限った」し、今もその気持ちは変わらないし、そんなんだから(感情的になって冷静さを失って)戦争に負けるんだよ! と思ったもんでございますし、もう日本人やめたい、ともおもいました。
 でも、面白いなと思ったのは、そうまで頭にきていても、本気で移住を考えるなど「できない」と思った理由に、天皇陛下のことがあったこと。
 なぜここですめらみことが関係してくるのか、その心理というのは、われながら面白い。

 そういうなんらかの「核」がある、それは幸せなことだな、とあの時も思いましたが。
 今回のアメリカさんのお嘆きの方を見ても、その思いをあらためて感じております。
 
 
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