アメリカ大統領選挙2016・雑感
 そんなわけで、アメリカの大統領選挙も終わり、45代大統領には共和党のドナルド・トランプ氏がご当選の由。
 おめでとうございます。

 ここまでの一連のことを眺めて思うのは「ポピュリズム」について。

【ポピュリズム populism】
① 民衆の情緒的支持を基盤とする指導者が,国家主導により民族主義的政策を進める政治運動。1930年代以降の中南米諸国で展開された。民衆主義。人民主義。
② 政治指導者が大衆の一面的な欲望に迎合し,大衆を操作することによって権力を維持する方法。大衆迎合主義。
(大辞泉)



 私としては、2009年に民主党が与党となった、あの時の気持ちの悪い空気を思い出さざるを得ませんで。

 ならばヒラリー・クリントンさんが良かったのか、というと………まあ、正直なところトランプ氏よりはマシだったんじゃないかな。少なくともワシントンDCにとっては。

 日本にとっては——、まあぶっちゃけ(仮想)敵国への連携という意味では、クリントン候補の方がまだマシだったかな、と思って見ております。そういう意味ではクリントンさんには実績があるので。
 ただ議会は上下両院とも、共和党が抑えたそうなので……外交という意味からは、いかなアメリカ大統領閣下といえども、そう好き勝手はできないだろうと予想中。



 笑い事じゃないですけどね本当は。

 日本の民主党が与党となった時のことを思い出す日本人は多いようです。
「火を見るよりも明らか」なことなのに「一度やらせて見ないとわからない」と言って投票した人が多かった。で、実際、とんでもない大火事になり、後始末だけでも大変だったということ。
「ロクデモナイことしかしないなら、もう何もするな!」
 つって、血圧を上げながら怒ってた——という思い出。

 今回も、TPPに反対のトランプさんが当選となったので、民進党(旧民主党)の蓮舫代表は「(日本でも)これでTPP採決の必要性はなくなった」と言ったとかで。

 相変わらずだなーもー;; と、思わず脱力。 
 さすが、「2位ではダメなんでしょうか」の人だな。

 今回のアメリカ大統領選挙もそうだし、日本の悪夢のときもそうだったけれども、「ふだん投票なんかしない人たちが動いた」結果だ、というあたりは、考えるべきものがありますね。

 ただ、日本の民主党のときと違うのは、マスコミは圧倒的に民主党びいきで一大キャンペーンを張って、その通りになった。
 今回は、アメリカのメディアは概ねクリントンさん支持だった。けれどもアメリカの有権者はそれを「乗り越えた」のだ、というご意見があるようです。

 それをいうなら、現政権になって以後の衆院選挙のとき、日本のマスコミはこぞって安倍政権叩きをしたけれども、あいにく、その通りにはならなかったわけですからね。
 どちらにしろ、マスコミの「影響力」とやらは低下傾向にあると言えるでしょう。

 トランプ氏は投票日前に、
「自分が勝ったら選挙結果を受け入れるが、自分が負けたら、不正があったとして訴える」
 って言ってたんですよ。立派なものじゃありませんか。
 日本でも、衆院選挙後、左巻きの皆様がほんとうに裁判を起こしてますよね——「1票の格差」が違憲状態なので過去の選挙結果は無効だと訴えて。
 やっぱり、今回のアメリカさんの様相は2009年の日本と似ている、と思いますね。

 トランプさんの訴える「政策」自体は意外とまともなのよ、というご意見も聞きますが。
 ………まとも、なあ……。
 何を持ってまともとするか(ここで正論という言葉はダウトとする)、というのは認識の問題ですかね。
 
 確実に不渡りになるとわかっている手形を、これをあげるよ〜なんて、ちらつかされても困るよ、と、私としては思うばかりです。

 人はどこまで愚かになれるかという実験でもしてるのか? というくらいの事態に見えますね、私には。

 もちろん、その空手形(からてがた)に思わず飛びつきたくなる、そういう「背景」は見るべきだ、ということには賛成です。
 結果についての原因はある。それはわかる。

 でも、私が頭を抱えているのは、だからってなんでそんな空手形に嬉しがって飛びつくのよ、自分で自分の首を締めてるだけじゃないの、——ってことです。論点が違うので悪しからず。

 何にせよ、トランプさんが大統領になっても、そうも即座に困ったことにはならないだろうと思いますが(フィリピンを見てもわかる通りで)、ただ、こういう人の面倒を見る、現場レベルの人たちはかわいそうだなあ、苦労するだろうなあ、と思います。

 しかし、日本もほんと、大変ですよ——ロシアがアレで、中共がアレで、フィリピンもあれで、とうとうアメリカさんまでアレで。(韓国は元からだから特記しない)

 ふだん投票なんかしない人が動くとこういうことになる、というのを見てしまいますと、「その能力がない人には、投票なんかしないでもらうのが一番いいんだろう」という気持ちにもなってきますよ。

 あたしゃ元から民主主義なんて大して偉かない、と思ってるんで。

 民主主義といえば錦の御旗になるとでも思っているらしい、「民主主義は素晴らしい。絶対正義だ」という声が圧倒的多数ですね。
 でも、なぜそうなのかなどとは1mmも考えたことがない人が、大半じゃないですか。
 ただ誰かの口移しに言われたことを壊れたレコードみたいに(……懐かしい;;)繰り返しているけれど。

 冷静に考えてごらんなさいまし。
 民主主義のどこがそんなに素晴らしいの?
 小田原評定しているうちに国が滅ぶという、そんな事態を招くような政体のどこが?

 理想の政体とは何か、と言われれば、「そんなもんはない」というのが私の答えなんですけどね。(^^ゞ
 なぜというに、政治というものをうまく動かせるかどうかは政体が問題じゃないから。

 システムによってある程度の制御はできるでしょうが、でも、結局、どんな組織でも政体でも、肝心なのは「運用」そのもの。

 今は悪の権化みたいに言われる独裁だって、これは真に優れたリーダーがいてくれるのなら民主主義なんてもんよりもはるかによく機能する。
 経済的に崩壊して軽蔑の的になった共産主義だって、人間たちの「質」がよく、高いモラルを持つ人ばかりなら、これは「天国のテーブル」を実現できる政体だと言える。

 結局はそこに関わる人間の「質」が問われる。
 システム——政体が良い悪いじゃない。

 民主主義は、過去にあった政体が崩壊するたび、反省材料を投入されながらここまできたけれども。
 結局、ここでは「衆愚」という壁にぶち当たっているのかもしれませんね。

 民主主義は本来、市民「全員」に、政治家と同じだけの「責任」を持たせている。
 そこが厳しいところであり、同時に、市民という存在の意義も喜びもあるはずでした。

 でも、今の有権者とやらの大半は、自分にそんな義務や責任があるとは認めたがらず、何かあっても他人事で、そのわりに、ああしろこうしろ自分の気にいるようにしろ、と高所からエラッソウにいうばかり。
 観客民主主義といった人もありますが、観客だとしても、その「客筋」はどんどん低下しているように思えます私には。

 その衆愚へ導くものは何かと言えば、「感情」「情緒」なんですよね。
 感情に振り回される危険性は、もう日常でも嫌というほど味わっていますが、——だからと言って、感情、情緒を、排斥するわけにもいかないんでしょう。

 感情は「敵」じゃない、というお話も聞いて、うーんそりゃそうなんだろうけど、と、ただいま考え中でございます。(^^;)

 本来なら、感情、情緒は、自分にとっての重要なシグナルとなるもの。
 つまりは自分にとっての「道具」のひとつ。

 なのに、どうも人は、その「従」であるべき感情の方に「主」の座を明け渡し、自分が感情の奴隷になってしまうようです。

 まあ、事ここに至るとなれば、もうグダグダ言っても仕方がない。

 心ある人々が、それぞれの持ち場でできることをしていくしかない。
 それだけですね。

 ………世界が平和でありますように。 
 それしか言えることはないな、と。(^^;)

 ……蛇足ながら、日本のマスコミがあいかわらずのダメダメぶりで、何ひとつ、問題の核心を取り上げなかったというご批判には同意します。
 とはいえ。
 それこそ2009年以来、テレビ新聞と言ったものは見なくなり、今回もほっとんどの情報はネットから(外電含め)とっていたので、実際、自称報道番組やワイドショーがどんなんだったかは、私はほとんど知らないんですけども。(^^;)
 それでも想像はつく……ってあたりが、さらに、マスコミのいけないところなんでしょうね。
 
 
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