秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず
2016年11月05日 (土) | 編集 |
 昨日の話題からちょっと横道へ逸れます。(^^;)
 世阿弥の「風姿花伝」から「秘すれば花なり」について。



 そんなわけで「新しく始まる大河ドラマにはBL要素もあるんですよ」などと、よけーなことを言ってんじゃない! と、思わずムカムカしておりましたが。

 今日はそのことじゃなくて、思わず口をついて出た、「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」についてちょこっと。

 能楽(のうがく)、お能の祖、世阿弥の「風姿花伝(ふうしかでん)」は、おそらくは後継者のために書かれた能楽論。
 世阿弥の父、観阿弥が教えたことと、世阿弥自身の考えをまとめた芸論ですね。



 能楽は江戸時代には「式楽(しきがく)」とされ、幕府の定める「公式芸術」でしたが、意外や、その時代には、この「花伝書」はほとんど顧みられなかったそうですね。古臭いものと思われていたのかもしれません。

 でも、この花伝書は、単に芸術論だけでなく、人生指南の書としても意義深いものでして——私としては、芸術に関係なくてもご一読をオススメしたい。

 この「秘すれば花なり」というのは割と有名なんですが、時々、「いや、それ原意と違う」という引用をされているのを見ることがあって。
「本当に重要なものは、隠しておかなければならない、ひけらかすものではない」という解釈で引用されることがあるようですが。原意はそうではない。

 ここで「花」というのは、芸の魅力、人を惹きつける「何か」。
 その「何か」を生み出す芸の、秘伝とか奥義とか言われるものについて「秘すれば花」だという。
「秘せずは花なるべからず」——秘密にしているから花=魅力となるのであり、秘密にせずにおおっぴらにしてみたら、べつに、じつは大したものではない、とおっしゃる。
 でも、その「大したものではない」のを、あえて秘密にすることで、「たいしたものじゃない」ものが、魅力となる。 

 秘することがなぜ大事なのか、「いいもの」なら公開してみんなにどんどん教えたらいいじゃないか——と、若い人に聞かれて、それがこの答えなのかもしれませんね。

 これはあくまでも、(観客側ではなく)演じる側の問題なのかも。
 こころに「秘す」——その「こころ」がひとつの「境地」となり、魅力となって人の目に映る、ということかもしれません。

 もちろん芸の真髄といえるものはあるけれども、それは別に大したものじゃない。
 でも、その「コツ」なり「タネ」なりを「(こころに)秘める」ことによって、人を惹きつける魅力となる。だから秘密とする。
 これは、なんでも隠してもったいつければいいということでもないんですね。
 隠している、ということをも、そっと隠してしまう。
 隠していることに気づかれないことが大事。
 つまりは、そもそもタネがあるとすら、気付かれない方がいいのかもしれません。

「なんだかわかんないけど、心惹かれる」というものが、「魅力」と呼ばれるものだとすれば。
 世阿弥さんは、その芸の魅力の元である「タネ」は明かさず、そもそもそれを隠しているとさえ思わせない、——「誰も気づかない」からこそ、「大したことはないタネ」でも、意外性を感じさせ、魅力となって人をひきつける。

 その魅力の源泉に、あるいは「タネや仕掛け」に気付かない人々は、不思議な魅力があると思い、あるいは「世阿弥は天才だ」というような言い方をする。


 マジックのタネ明かし番組がいっとき、妙にはやったことがありました。私はああいうのを、「ばっかじゃないの」といって一切見ませんでした。

 クロースマジック、テーブルマジックでも、いわば「タネ」を指摘して、正解です! よくわかりましたねえ! なんて言われて得意満面というのもお見かけしますが、感想は同じ。(^^;)

「タネも仕掛けもある」ことはわかってんですよマジックなんですから。
 でも、何が仕掛けでどれがタネかなんて、知らない方が楽しめる。
 そんなもんがわかって、自分てなんて頭いいんだろうと得意がる方が楽しいというのならそうすればいいとは思いますが、いちいちそこで賞賛を求めてこっちを見んな、ってことです。(^^;)

 秘すれば花なり。——世の多くの花と同じく、儚いものであることを、私は愛する。

 誰がどう頭がいいかなんて興味ない。

 
 ドラマのなかにBL要素があることが、もしかしたら花になり得たかもしれないが、こういう仕掛けをご用意しております、って言っちゃったらもーダメでしょ! というのが、私にはかなりのガッカリだったということですね。

 でもこういうのも結局は好みなんですかね。
 何がセクシーなのかという問題にも似ている——かもしれない。(^^;)

 すっぽんぽんで出てこられても、私は魅力とも思わないけれど(あ。男女ともにね)、それこそが嬉しいという人も少なくない——それも確かでしょうから。(^^;)

 秘せずは花なるべからず。——それは観客の側ではなく、見せる側が、そっと持っておくべきことかもしれませんね。
 花伝書自体、一般に広く読まれることは前提にしていない「秘密の書」だったわけですから。
 とすれば、私もまた、開けるべきではない小箱を開けている馬鹿のひとりだとも言えますね。(^^;)
  
  
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