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心の「お荷物」

 SNS疲れ、ソーシャル疲れ、と。
 最初に聞いたときは正直、なんじゃそりゃと思いました。(^^;)

 Facebookは完全放置なので当然、そんな私にSNS疲れなどあろうはずもなく、ブログもツイッターも自分の好きにやっているのでやっぱり想像できず……、インスタをある程度、使うようになってようやく、ああなるほどね、と腑に落ちたところです。

 ソーシャル疲れとは、——最初のうちは、人と繋がること、いいねなどの反応も嬉しいし、投稿するものも自分であれこれ工夫して、それも楽しかったのに。
 いつしか、それが自分の楽しみではなく、反応を異様に気にしたものになったり、人に気に入られるためにあれこれ考えるようになったり。四六時中、スマホを取り出しては人からの反応がないか、反応があればどんなものかをチェックしたり。
 フォロワーの数を異様に気にして、一喜一憂していたり。

 あるいは、mixiでも顔帳でも、誰もかれもが楽しそうで充実しているように見える。そして自分だけが、果てしなく「つまらない」「平凡」な暮らしの中に埋没している、「ダメな」ヤツなんだ、という感じにとらわれる。
 これでうつ病を患う人もいるというのですから、シャレになってませんねえ;;

 なんとも不思議なことで、そこまで泥沼にはまる以前、どこかのポイントで、「うんざり」な感じになるもんじゃないのかな? と思ってました。
 が。
 自分なりにインスタを使うようになり、「インスタって、”フォーマル”感、”よそ行き”感がある」ということを発見しました。

 この『よそゆき』感というのは、部屋着のまま自室でゴロゴロしていることは許されず、必ず、身だしなみは整え、鏡を見ては再三再四、自分の様子をチェックしてから出かける——という感覚のこと。

 Facebookやインスタでは、即時性、現在性というのは重視されない。
 そんなことより、動画なり写真なりがどういうものか、という方が重視される。

 料理の写真ひとつ取っても、食べながら、これ美味しいなと言って写真を撮って見せる(現在性)わけではなく、まず撮影し、後でゆっくり吟味調整加工するので、まあ当然、時間はかかるし、時間がかかれば「現在」からどんどん「過去」へ向かって押し流されていく。

 ただ。
 そうやって時間をかけた分だけ、画像の質そのものは、「撮ったまんま」の写真よりも「見栄え」がよくなる。
 つまるところ「過去」には、あれこれ「飾り」がついているわけです。

 SNSを見ているとみんな楽しそうで充実してる——と思っても、それは考え違い。
 楽しそうで充実しているように「見せている」のだから、そう見えるのは当然。
 そのあたりを忘れないことが、大事なんでしょう。

 自分があれこれ考え、工夫したものが、人様に喜んでもらえれば、それはもちろん嬉しいですよね。
 でも、人に喜んでほしい」というくらいならまだしも、「喜んでもらわなければならない」という義務感にまで追い込まれていくと、もう、健康的とは言えないでしょう。

 ソーシャル疲れって、このへんなんでしょうね。
 自分のことではなく、(いつのまにか)他人のことを中心において考えている。

 自己中心的という言葉がありますが、これ、あまりにも「他者中心的」になっている。

 人様を思うことも大事。でも、自分を忘れないことはもっと大事な「基礎」。

 人は社会的動物と言われるので、他人のことをあれこれ慮(おもんぱか)るのは、それもまた人の「自然」ですが、でも。
 他人の目ばかりを気にして過ごすって、人の精神状態としては健康なことじゃない。


 SNSというと二言目には「人と繋がる、繋がれる」と言って、あたかもそれがいいことのように宣伝していたし、今もやってますが。
 元から「精神的な引きこもり」傾向がある私としては、「えー…知らない人と繋がらなきゃなんないのぉ?」という反応の方が先でした。
 私には、それが必ずしも「いいこと」には思えない。

 人と出会うのも、知り合うことも、ふと気が合って盛り上がるのも、思いがけない「世界」を見せてもらえるのも、みんな、楽しいことです。
 それは否定しません。
(積極的に出会いを求めるタイプではないにしろ、あら面白そうと思うとそのまま行ってしまうところがあるため、そのあたりを知っている人には、私、引きこもりなんですなんていうと不思議そうな顔をされることがあります)
(内面と、日常生活での表現て、一致しないことも多いですよね;;)

 でも、「繋がる」ことは、「荷物が増える」ことでもある。

 どんなに頑張っても、人一人にできることには限りがある。それは人間関係、繋がり、ということも同じ。
 あまり荷物を持たないようにしてもいいし、集めるだけ集めて楽しみ、ちょっと増えすぎたかなと思ったら思い切って(自己中心的になって)整頓する。
 それでいいんじゃないかな。

 SNSの投稿は、「現実そのものではない」「見栄え良く飾られた、仮想のものに過ぎない」と「わきまえておく」こと。
 そして、「心の荷物整理」を忘れないこと。

 このへんが切り分けられれば、ネット疲れも最小限に抑えられるように思います。

 多分、一度繋がったものをそのまま、「処分」しないでなんとかしよう、と頑張る人って、受容的で、他人に対しても親切で、心のやさしい人なんですよ。
 だからこそ、切り捨てるということが、なかなかできないんですね。

 でも、そこでへんな無理をして負担になることは、誰も望まないはず。

 切り捨てられていい気分になる人はいない。でも、そこはお互い様ですし、文字通りの「お荷物」になって、誰かを不健康にしたいなんて思う人も、いないでしょう。

 無理してつぶれる姿など、誰も望んでいない。
 繋がることは楽しいけれど、荷物が増え過ぎたと思ったら、ちょっと整理整頓するということを心がけていれば、SNS、楽しんでいけるんだな、と。

 最近の観察の結論はそんなところです。(*´ω`*)
 
 
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