年賀状の未来
 年賀状発売、なんて聞くと、思わずどひゃーと言いたくなりますね。(^^;)

 私は旧式人間なので、年末といえば年賀状でドタバタするのを歳時記のひとつにしているくらいですが、年々、この年賀状も需要はへっているもよう。

 その一方、キャリア各社が、新年を迎えたと同時にサーバー落ちとならないよう、戦々恐々となる景色も、恒例になってしまいました。(^^;)

 年末になると、「一斉のあけおめメールは控えてくれ」」という、半分泣きが入った注意喚起メールが来まして、それを見るたび、「お気の毒に」とホロリとしてしまいます。
 こういう話を聞いて、キャリア側に同情できないで勝手を言うようなら、まだまだ子供ってことよ;;

 ともあれ。
 現在はメール以外にも各種SNSもありますから——お若い方ならメールよりLINEでしょうか、そうやって分散する傾向にあると思われるので、——キャリア側の努力もあり、以前ほどでもないのかも。あの新年のサーバー落ちリスク。

 年賀状も、こう言う世の中になって来たので、縮小されていくのは仕方のないところでしょう。
 来年は、1月2日の賀状配達は休むそうですが——それでいいような気がする。
 郵便局では賀状の販売数にノルマがかけられるそうですが、あれも本当にお気の毒でねえ;;
 そんな無理に賀状を買っても、結局、賀状としては使用されず、リサイクル屋、金券ショップへ送られるだけなんていうのでは、あまりにも「形式主義」で——ちょっと悲しい気がする。

 と言うことで、あと何十年かしたら年賀状というものはなくなってしまうのでは? という予想もありますね。
 でも、私としては、細々とでも、年賀状は続いていく、と予想してます。
 現行のような体制で、販売、配達されることはなくなるかもしれませんが、そうなってもそれでも——年賀状を書く人は「全滅」はしないように思いますね。

 デジタル全盛の時代となり、もはや手で文字を書くなんてのは廃れてしまうかと思いきや、まあ色々あってむしろ書道が盛り上がったり、ケータイが普及した時は腕時計が極端に売れなくなったこともありましたが、その後は盛り返し、むしろ腕時計とデジタル機器が「融合」を始めた。

 インターネットの普及で、テレビの「地位」も危うい、ラジオはさらなり、と思われていたら、ネットラジオがなかなかの盛り上がり——ってことで。
 年賀状も、現在の形式の通りではなくても、何かしら残っていくような気がします。

 なんでかというと、日本人の「正月はぱーっといきましょう!」というあのミョーな指向性って、まあそう簡単には変わらないって気がするんですよね。(^^;)
 あのプラスチックの容器の「なんちゃって鏡餅」が、——あれは二つの餅を重ねているわけでは全くない、イラストに描いた鏡餅の輪郭線だけをさらに立体化したような、ミョーなものなんですがそれでも、年末になれば飛ぶように売れていく。

 ……なんて辺りから考え合わせると、年賀状も、——あれも大事な、正月の「雰囲気」のひとつとなり、欠かせないもの、なんじゃないかなと。

 プラスチック容器の鏡餅みたいなことになってでも、何かしら、生き残る気がします。

 ところで年賀状って、郵便制度ができた明治からこっちのものですよねえ?
 それまでは年賀といったらこちらから挨拶回りに出向くものだったので、その辺から考えると年賀状ってかなりの「略式の挨拶」ってことになりますよね。
 人間がいくんじゃなくて、ハガキ一枚で年賀を済ませようなんざ、怠慢の極み! ……みたいなご意見、なかったんですかね?(^^;)
 実は江戸時代からすでに年賀状というものはあった、——なんて言われたら。
 ……それはそれで面白いな。ウン。

 年賀(の挨拶)、という厳密な意味で考えたら、年賀状それ自体がもう、省略形、「怠惰な」ものとも言えます。
 であるなら——年賀状派からの、メールやSNSのメッセージで済ませるなんて! という「非難」も、あんまり妥当じゃないよね。たぶん。σ(*´∀`*)

 
 私はああいうメンドクサイこと、けっこう好きなので。
 今年も旧弊に、年賀状、準備しますよ(笑)
 だいたいはコミケに気を取られて投函が遅れてしまい、友人知人には、元日には届きませんが。(・∇^*) テヘ♪


 今年も、そんな話題が出てくる季節になっちゃったんですねえ……。(^^;)
 
 
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