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2016.10.20 (Thu)

正しさに惑い、誤る

写真入賞作に自殺と見られる中学生の姿 入賞取り消し
10月17日 20時32分 NHKニュース

“入賞取り消し”一転 市長が賞授与を決定
2016/10/19 21:50 ytv ニュース

 それでなくてもご遺族はショック状態なのに、何をやってんですか何を。
 ——と思わざるをえなかった件。

 難しいところだ、と主催の観光協会などが考えたのは、最高賞受賞となった作品は、亡くなった女の子が撮影した作品、というのではなく、撮影者(受賞者)は別の人で、彼女はあくまでも被写体だということだったのかもしれません。

 自死とみられる、という中、亡くなった方の姿を公開にしていいのか迷ったというのは、わかります。
 ただ、その後の手順を間違えたかなと。
 観光協会などは、いきなり賞を取り消すのではなく、受賞者に確認、事情を説明したうえ、可能であればご遺族の意向を聞いてみるべきでしたね。
 お遺族のお考えとしては、そっとしておいて欲しいとおっしゃるかもしれないし、今回のように、その晴れ姿をせめてもの慰めにできるとお考えになるかもしれないし、そこは、聞いてみなければわからないこと。

 それを、いきなり決めちゃったというあたり「正しければ何をやってもいい」という考え方があるのを感じます。

「正しい」ことなら、誰にも相談もせずに決めて、進めてしまっていい、という発想をする人は少なくないようです。——私の身近なところでは、私の親父がそういう人でした。
 おかげで身内も外も問わず、しょっちゅうなにかとごたついてましたよあの人。

 言っていることは、確かに「正しい」。
 でも、正しいのなら人をいきなりぶん殴っていいのか、というお話。

 余談になりますが、この「正しければ何をやってもいい」のか、というのは、石田三成さんの業績を評価する時にはどうしても、浮上していくる話題ですね。(^^;)
 有能だし「正しい」んだけれども、彼には人がついていかなかった、——そこをどう見るか。という。

 閑話休題。

 上記ytvニュースの映像から、市長さんのお話も伺いましたが、それで思ったのは、「正しいことなら、遺族に聞かなくてもいい」という「感覚」がおありなのかな、と。

 たぶん、ご遺族に聞いてみようという発想自体がなかったか、あってもそれはちらっとしたものでしかなかっただろうし、ちらっと考えても、——なにしろ事情が事情ですから、そんなことを問い合わせるのは、ご遺族に負担になるんじゃないかという配慮も、あったかもしれませんね。

 取り扱いの難しいところがあるというのは確かなことで、それはわかるんですが、難しいことであればあるほど、「独断専行」はいけませんよ、ということでもありますね。
 人の情というのは、正しいかどうかなんてところとは違う場所にある。だから難しい。

 ともあれこの場合は、ご遺族は、娘さんがこの世に、こんなに元気で、美しく生きていた、その「証拠」を、まして最高賞というかたちで残せる、とお考えのようですから、ひとまずは、そのご意向に添うということで、よろしいのでは。
 受賞者ご自身にもお考えはあるかもしれませんね。

 亡くなった方の姿をやたらに公衆の前に出していいのか、迷う、というのは、わかります。
 市長さん他は、いかなるものであれ、すでにこの世の人ではない、まして自死ということであれば人目にさらすほうが残酷だとお信じになっているのでしょう。

 でもそれは自分の考えであり、他人は違うかもしれない。

 自分が正しいと思うことは、誰にとっても正しいのだというのは——少なくともこの場合は、適切ではなかったのでは? ということですね。

 あと。
 その「人目にさらすな」の発想ですが、これ、「死はケガレである」という感覚があるのかなあ。

 ケガレ、というのは「気」「枯れ」。
 汚れ、汚穢(オワイ)、dirty というのとは、本来はニュアンスが違います。

 「気」「枯れ」だったものが「汚れ」になったときから、どうも日本人もあれこれ間違うようになったんじゃないかと個人的には疑ってますが、——誰にも相談もせずいきなり「これが正しいことだ」と決めつけた根拠のひとつに、——現代人のことですからもう無意識だと思いますが、死、まして、横死では「ケガレ」として忌避すべき、という意識があったんじゃないかな。

 市長さんの会見の様子から、そのあまりにも強い「死」への抵抗感を見て、そんなふうに勘ぐってしまいました。

 なんにしても。
 亡くなった方、そのご家族には、心からお見舞い、お悔やみを申し上げます。

 と同時に、この事態の原因となった人(たち)には、今後の自分の人生が円満に行くとはゆめ思うなよ、と、念を押したいとも思っております。
 
  
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