時代への反抗
 日経BPさんの季刊誌「etRouge」(エ ルージュ)が届きまして。
 まだちゃんと目を通しておりませんが、巻頭の編集長さんのコラムがちょっと面白かったので。

 あ。ちなみに「etRouge」は年4回発行の無料の雑誌です。詳細、購読に興味おありでしたら、こちらから↓どうぞ。
http://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NBO/15/etrouge/

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 無料とはいえ、条件があって、アンケートに答えること(義務ではありませんが)が、それですかね。
 日経BPさん発行の雑誌を購読している女性をターゲットに始めたと思いますが、ネットからでも読者登録が出来るなら、それほど厳しい条件付にしていないと思われます。

 で、編集長の麻生さん曰く。(要約)
「女は美味しそうでなくちゃ。というのが、10年来掲げている美容モットーのひとつ」
「10年経ち、さらに今どきの価値観を加えるとするなら、それは『柔らかい』ということなのかもしれません」
「肌ざわりだけではなく、心、頭の中も——いい意味でユルく、寛容な」

 その理由としては、「現代は何事においても『ねばならない』が多すぎる時代だと感じているから」とおっしゃる。
「ビューティ分野もしかりで、日焼けは悪、白砂糖はダメ、オーガニックの物しか口にしないなどなど」。
 うーん確かになー。

 なにかひとつ、これがいいとかあれがいいとか言われると、あるいは時代のアイコンになるような人物が現れると、皆が一斉にそれに従う。
 従うだけならいいんですが、それ以外は「悪」とし、これを他人に強要する風潮があるのは——でも、これはまあいつの時代もあるか……。
 同調圧力ってやつで。(^^;)

 頑固になりすぎ、ストイックになりすぎの人に、真の意味で魅力的な人はいないように思う———と続く。
 そうですねえ。
 信念があって、あるいは自分に厳しく律していく、その姿勢は「立派」だとは思うけれど、魅力的な人だと思うかと言われれば、……うーん;;
 立派、と尊敬することと、思わず後をついて行きたくなるほど心惹かれることは、ちょっと違うかな。

「『ねばならない』から、時に、一所懸命な自分を解放してやってください。
そうしれば自然と寛容になるから、表情も『柔らかく』なるのではないでしょうか」
 というのが、編集長さんの締めのお言葉。


 このコラムを読んで思ったことは二つあって。

 ひとつは、そうやって、何でもかんでも「ねばならぬ」が多すぎない? とあえて言う必要があるほど、世の中、ガチガチ、ギスギス、になってるのは確かだな、ということと。

 少々話題が飛躍しますが、こんなふうに女性の美というものを堂々と述べると、反発してくる人たちのこと。

 私もさほどファッションだの化粧品あれこれだのに熱心になる方ではありませんが、そういうレベルの話ではなく、化粧は断固拒否、スカートは論外、およそ「美容」などと言おうものなら強い拒否反応を示す人々。
 これもさらに(大雑把に)二つのタイプがあり、ひとつは「女性だからってなぜそんな美容などと言われなければならないのか」と、女性そのもの、「女らしさ」に拒否感を示すタイプと。
 他人様が綺麗に着飾るのはいいけど、「自分には絶対、似合わない」からと、自己否定しているタイプ。
 いずれも、「〜ねばならない」の感情が、ものすごく強い。

 その拒否感の根底にあるもの、原因になっているものは、だいたいのところは想像がつく。
 でも、大丈夫ですよ、と言いたい。

 自分の髪や肌をいたわることも、着飾ることも、綺麗なアクセサリーに、かわいい、と言ってときめきを感じるのも。
 誰も咎めない。
 咎められても、そんなもんは言わせとけ、ってことです。

 これは殿方にも言えることだったりするんですよねえ……。
 男の子の場合、男性ファッション誌とか、興味はあってもなかなか買えない、という子が何人かいたんですよね。
 なんで? と聞くと、彼らは異口同音に「自分の外見で、こんな雑誌を買って、そんな(容姿)でもオシャレしたいのか、って本屋のレジの人に笑われるんじゃないかと」心配になって買えない——と言ったから、びっくりでした。
 何をおっしゃる。と私の方が変に動揺しましたわ;;

 しかもこれ、一人二人じゃなかったですからね。そういったのって。

 誰もそんなことは言わないうちから、自分で自分にそんな風に言ってる——言ってるのは自分自身でしかない。
 それはある種の被害妄想、妄想でしかない。のに。

 まあ、実際そういう失礼極まりない反応をするやつって、特に思春期の頃にはいたりしますよね。
 そういうのがトラウマのように残っている人も、いることはいるんでしょうが、でも、本当の原因はそれじゃない。
 自分が気にしなければ、テメエ何言ってやがるつって蹴飛ばせばいいだけのこと。
 それに囚われるのは、自分で囚われることを「決めて」いるから。

 男女問わず、極端なことを言えばですね、別に「似合ってなくてもいい」んです。
 自分が楽しければ。
 自分が、それを身につけたり手入れをしたりで、ときめくのなら。

 結局、魅力的な人って、「楽しそうな人」じゃない?
 まあそりゃ、容姿端麗の方が何かと「有利」な世の中かもしれないけど、比率でいえば「そうじゃない」人の方が圧倒的多数じゃないですか。
 あの人、いいよねえ、と思える人は、つまるところは、楽しそうで、ときめきをいっぱい持っている人、じゃないですか?

 それで、編集長、麻生さんのお言葉がここで帰ってくる。
 ねばならない、が多すぎる。
 いい意味でゆるく、自分に寛容に。

 自分に寛容になれれば人様にも、自然と柔らかくなれる。これは本当。経験者は語ってます。
 身を飾る、というのは、なんであれ楽しいもんですよ。
 コスメフリークになれとまでは言ってない(笑)
 ようは、楽しくやろうよ、というお話。

 そんないい加減な、と怒る人もあるかもしれませんが、今の世の中はガチガチが過ぎます。
 今の時代にあえて逆らうことがカッコイイのだ、と、もし思うなら、今の世の中は「ねばならない」から自由になることが、最大の「反抗」じゃないですか。

 今の世の中、ああしろこうしろって他人のことを言いすぎ。
 だったら、そんなの無視して自分が楽しいことを楽しむ、というのが、一番の「反抗」じゃないですか。
 突っ張ることが反抗だった時代もあるけど。
 今は、ゆるく、柔らかく、「楽しむ」ことが、最大の「時代への抵抗」かもよ——といえば、ちょっとは聞いてもらえるかなあ(笑)

 ゆるく、柔らかく「装うこと」を、——心身の性別を問わず、楽しんでいけたらいい、と思います。

 自分を、あと少しだけ、可愛がってあげる。

 それが今の時代には「クール」なことかもしれない。

 と思いながら、今号「etRouge」拝見しました。
 
 
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