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2016.09.26 (Mon)

人間の格

 盛り上がっておりますNHK大河ドラマ、「真田丸」。

 このドラマでは最強の人は実は、ナレーション担当の有働由美子アナウンサーだと言われています。
 なぜかっつーとあまたの、しかも名だたる名将でさえ、あっさり彼女のナレーション「だけ」で死亡宣告されてドラマを去って行ったからで、「ナレ死」という言葉さえ作られる始末(笑)

 ナレ死とは、ナレーションであっさり死亡してしまうこと。華々しいいくさ働きの描写も、涙を誘う愁嘆場さえもなく(笑)

 逆に、あれはもうお亡くなりになったんだろうなーと思ったけど、死亡したというナレーションがなかったよ、まさか?! と言っていたら、本当に、ギリギリではあったけどご存命だったという人もありまして。

 そんなわけで、昨日は、真田パパ、真田昌幸さんがご逝去かというシーンでも、
「いやいやいやいや、有働アナのナレーションがあるまでは信じない…!」
 と思ってしまいました(笑)
 
 それを見越したように、最後の最後でやっと「死亡宣告」があって、……やっぱりなー…という。
 そんな人、昨夜は多くいたようで、ツイッターでそんなツイートを見ては、「ですよねー」と頷いていたり。

 ……そろそろ、今年も終わるんだなあ、と、大河ドラマで知る1年の流れ。

        ●

 以前のことですが、イベント会場の、女子トイレをお借りしまして。

 イベント自体がなかなか盛況だったせいもあり、女子トイレの方もかなりの盛況;;
 それでなくても女子トイレっつーところは何かと混み合う場所。
 人でいっぱいになっていて洗面所も順番待ちするくらいの状態でしたが、そこへ突如、
「○山○子さん!!」
 と、元気いっぱいの声が響き渡りました。

 へ? と振り返ると、3歳くらいの男の子が「○山○子さん!!」と呼び続けているんですね。
 どーみても彼は迷子さんなんですが、でも、恐れるふうもなく、実に威風堂々(?)としている。
 もちろん泣く様子なぞ微塵もない。

 私を含めて周囲の大人どもは、ちょっと困惑して、——その場に居合わせた他人同士ですが、思わず「どーします?」と顔を見合わせてしまいました。

 通常、迷子さんは心細くてしくしく泣いているものですが、そういう雰囲気ではまったくない。連呼する○山○子さんというのはお母様のお名前と思われる。
 あまりに彼が堂々としているので、ボク、どうしたの? などと「子ども扱い」したら「失礼」なのでは……という雰囲気さえありました。

 彼に声をかけるより、その○山○子さんを呼び出してもらう方がいいかな……と思っていたところへ、——ちょっと広いトイレだったので、はぐれちゃったんでしょうか、別のブロックからお母さんが慌てて走ってきまして。

 あ、よかった、親御さん、きた——と、その場にいた人々が、はい解散、という雰囲気になった瞬間、さらに少年の声が響き渡りました。
「おかーさん! 勝手にどっか行ったらダメでしょ!」
 たまらず爆笑。

 また別のときには、病院で、私より先に治療を終えた、やはり3歳くらいの男の子が——耳鼻科だったので、ちょっと治療で痛いこともあったんでしょうね、半泣きで診療室から出てきましたが、お医者様や看護師さんひとりひとりに、ありがとう、といいながら飴玉を渡してまして。

 本来は患者さんから金品を受けっとってはいかんのでしょうが、3歳の子ですからお断りもしがたいようで、あら、ありがとう、と言って先生も受け取ってました。
 診療の順番待ちのこちらも、ほっこり♡

 そんな光景に、——ああ人間てのは年齢じゃないなー、としみじみ思いましたね。(^^;)

 本来はそんなもんじゃないものにまで「格差」というラベルを貼り付けて異様に憎む人たちがいますが、でもねえ——やっぱり「格の違い」ってあると思うんですよねえ。

「人間ができている」人って、たとえ3歳の時点でも、すでに、できていますよね。

 世の中にはやけに年齢にこだわって、相手が自分より年上か年下かによって、ぜんっぜん態度が違うという、私から見ると意味不明というくらいの人がいますが——、でも、「教えてもらえる」相手というのは、年齢じゃないですね。実際。

 相手が3歳の子でも、「教え」られることって、あるもので。

 本人には別に、人に「教える」なんてつもりはなくても、受け取る側が、はっとするようなことを示している。
 年齢や立場や階級や地位——、「師と仰ぐ人」にはそういうこと、関係ないな、と。

 また、本好きの人にはこういうの、多いかと思いますが、——人の寿命は頑張っても100年足らずでも、著作物というのはうまくしてくれればずーっと後にも残るものなので、とっくに亡くなった人でも、今、目の前にいるように、友とし、師匠とする、ということもある。

 あんまり物質的なことにこだわって、——年齢とか地位とか財産とか——せっかくの「師匠」を逃すのも、モッタイナイことだと思います。
 人を見るときには、あんまりそのへんにこだわらない方が、きっと「面白い」でしょう。


 塩野七生さんは、またちょっと特殊な本(というか史料)の読み方をなさるかたで、歴史上の人物を、史料を通して、文字通りまざまざと「見る」んだそうですね。
 マキアヴェッリを友とし、ユリウス=カエサルを愛人とする、とおっしゃる。
 そこまでくると贅沢だなあ……ちょっと羨ましい(笑)
  
  
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