SNSあれこれ
2016年09月08日 (木) | 編集 |
 その昔、ミクシィが伸びてきた頃には、せっかくお誘いいただいても、なんか面倒そうだなあということで足を踏み入れなかったんですが。
 そういう人間ですら今や、いわゆるSNSのアカウントを幾つか持っているという状態です。

 ブログはそういう意味では「スタンドアローン」で、やっぱりこれは気楽でいいもんです。私の場合「性に合ってる」んでしょう。(^^;)
 で、今や、ツイッター、Facebook、ピンタレスト、Snapchat、……最後までかなり抵抗していたけど結局アカウントとりましたインスタグラム。

 このうちフェイスブックとスナチャは本当に、アカウントを持っている「だけ」、という状態。(^^;)

 スナチャは人に言われて取ったはいいけど結局、どうも意味がわからない、という感じでそのまま放置になってました。アカ取ったことも忘れかけていたくらい。(^^ゞ

 日経トレンディさんのコラムによれば、SNSの形態は、ツイッター、Facebookのテキスト(文字)、言語を使うものから、ピンタレスト、インスタグラムといった画像中心「非言語」のものになり、今は、スナップチャットやスノーというような、「エフィメラル SNS」に移ってきている、とのこと。

日本の「SNS勢力図」は今後どう変わるのか? 新世代SNSの正体と野望(4)
 2016年09月07日
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/16/082400070/083000009/?ref=nbptrn_top_new

 エフィメラルは Ephemeral で、辞書を引きますと、

「(切符のように)短い期間しか使われない; 〈昆虫植物などが〉1日限りの, 短命の, はかない(transitory).」


 
 概ね24時間で投稿したものが消えてしまう(保存は可能)、ということで、そんな名称になるようです。(^^;)

 このエフィメラルSNS、他じゃどうなのか存じませんが、日本においては意外や、50代男性にずいぶん人気があって広まっているんだとか。
 へー、ちょっと意外、と思ったけど、聞けば、お子さんやお孫さんとのコミュニケーションに使うんですと。可愛くていいな♡

 言語タイプ、非言語タイプ、そうして「はかない」タイプとあって、なかなか面白い。
 自分の感覚にしっくりくるものを見つけやすくはなっているんでしょうね。

 私の場合は言語かそうではないかより、そのネットワークがどういうコンセプトで作られているかの方が問題になるようで。
 同じ言語型でも、ツイッターは意外と面白くてはまりましたが、Facebookは全然。

 ツイッターが示す「つながり」の前提は、「私たち他人よね!」であり、Facebookは「私たち友達よね!」である、と喝破した方もいらっしゃいまして、それはその通りだなと思いました。

 友達の友達は友達、という感覚は私にはないか、希薄。
 自分の友人の友達なら気が合う「可能性は高い」けれども、だからって、即座に友達判定するには至らない。

 Facebookからツイッターに来た方が、とにかく「いいね」がもらえない、と言ってお嘆きになるのを、ツイッタラーである奥様が「前提が違うのだ」と諭すツイートを見たときも、「ああ、そうそう」と頷いてましたし。(^^;)

 自分の店を広げて(蚤の市みたいに)、面白いと思ったらどうぞ、という程度にやってるのがツイッター、という印象。
 つながり、とは言っても、ごくゆるく、淡く。ってところが、いいようです。

 非言語系も同じで、ピンタレストは完全に自分のひとり遊びで、人を集める、という感じはほぼ、ない。
 これいいなそれいいなと画像を集めてはコルクボードに貼っていく。そのボードを見た人が、それいいねと言って自分のボードに持って行く。という程度。
 コメントやメッセージをやり取りする機能もありますが、そういうものを使ったコミュニケーションはほとんどない。
 でも、この人のセンス好きだなあというものはあって、ファンとは言えないかもしれないけれど、でも、そんな感情を持つこともある。

 インスタは。
 ……まだ使い始めて日も浅いのでなんとも言えないところはありますが——意外なことに、これが一番「かしこまった」印象です。

 わりと「よそ行き」の顔になっていく。

 ツイッターはもうそれこそ、自分の部屋でダラダラごろごろしているのを「そのまま」つぶやいている感じで、画像も同様。明らかに構図がおかしいとか調整が全然できていないとかという、「まんま」な画像を投稿しても平気、という感じがある。
 何しろ突発的なつぶやきですから、丁寧に加工してある方がむしろ不自然といえるくらい。良くも悪くも即時性、ということで、むしろヘンだったりスキがあったり(?)、それでもまあ許される、突発的だもんしょーがないよねと、それで許される気楽さが前提にあるように感じてます。
(炎上についての話はまた別の機会としましょう)

 であるのに比べると、インスタにアップするのは、ある程度の時間が経ってから——「インスタ」という名前の連想からすると、意外なまでにインスタントではない使い方に向かってますね、私の場合。

 インスタグラムでこうも「かしこまった」感覚になるとは予想していなかったので、自分でも、へー、なんでだろう? と不思議にも思ってます。(^^;)
 その場で撮った写真を「そのまま」アップしても「許される」感じがするのがツイッターで、インスタの場合は「もうちょっと見やすく調整しないと」「失礼」だな、という感じ。

 なぜにそんな風に思うのかも、なかなかの謎(笑)

 スナチャや、インスタの「ストーリー」については——いや、これは今のところ、まったくわかりません;;
 いろいろ画像加工が簡単にできる面白さ、24時間で消えてしまう気楽さ、それゆえの「即時性」——ということなんですが、それを何かのメリットや、面白さとして感じることが、私にはないみたい。

 そもそもエフィメラルタイプのものは、「SNS疲れ」した人が面白がる傾向があるそうなので、もともと、そんな疲れが出るほど使い込んでいない人間にはピンとこないのは仕方のないことかも。

 スノーはSNSそのものというより、ラインやツイッターに流すための「画像加工」が主な使い方になっている、というようなこともあるそうですし。
 いろいろと種類も増えて機能も増えて、それぞれの人や目的にあったように選んで、あるいは組み合わせて、使える、というのは、いいことなんだろうなと思っております今のところ。

 
 
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