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2016.09.07 (Wed)

建前は理念



 本音と建前というと嫌がる人も多いですが、でも、建前を「使えない」のも、いーかげん、政治家としてはアレなんじゃないですかね。
 ……ということを思ったニュースでした。

オバマ氏、フィリピン大統領との会談中止 母親を「売春婦」と
2016年9月6日 BBC NEWS JAPAN
http://www.bbc.com/japanese/37283348

フィリピン大統領、オバマ大統領への侮蔑発言を後悔
2016年09月06日 AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3099954

 フィリピンの大統領ドゥテルテ氏がアメリカのオバマ大統領を侮辱する発言を重ねたため、予定されていた首脳会談をキャンセルされたというお話。
 結局、その暴言を「後悔している」として釈明し、一応、会談は開かれることに決まったそうですが。
 子供の頃、「馬鹿っていうヤツ自分がバーカ」という囃し言葉がありましたが、全くそのとおりらしい。

 冒頭に引用しましたマキアヴェッリの言葉は、その通りだと個人的には思っております。
 サダム=フセイン亡き後のイラク、現在のリビアやシリア。
 独裁者の排除は結構ですが、結果的に力で抑えられるものをなくしてしまったら今や目も当てられない混乱状態。「不正義はあっても秩序ある国家」から、「無秩序」な状態になっているわけですね。

「無秩序な国家」というのもこれは言葉の綾で出てきた表現で、実際には、無秩序という場所にはもはや正義なんてものはないし、国家と言えるようなものも存在しない。

 同じ正義のない場所なら、それでもまた、秩序のある状態の方が人々の生命と日常は守られるだけマシ。そう思いますね私も。
 マキアヴェッリもいわばイタリアの戦国時代を生きた人ですから、戦争状態ではない、日常がある、ということを、何より重視したんですね。
 
 これは多分、人間としてはギリギリの選択でしょう。褒められた話じゃない。でも、今日1日、命を保てるかもわからない、という状況よりはマシ、というのは「現実的な選択」ですよね。

 ゆえに——事の発端となった、ドゥテルテ氏の、大統領に就任する以前の「実績」、麻薬組織の撲滅を目指した、その「戦い」の有り様については、一応の理解はできる、と思います。

 ただそれでも。
 人々の生命財産を守る、政治というもの、その「使命」という「建前」も放棄はできないし、「してはならない」もの。
 放棄したら政治家としての責任を放棄することになる。これが「認められない」のも、現実でしょう。
 厳しい現実に対応する政治家であれば、ドゥテルテ氏のその「心構え」を理解しない、という人はいないはずです。

 でも、だからって、それをすばらしいというわけにはいかない——それだけのことでしょ。

 建前と本音、というものがある。

 その建前は、ここでは、「理念」を意味する。
 仏教では「誓願(せいがん)なきは菩薩の魔事(まじ)なり」という言葉がありますが、誓願つまり理想と掲げるものがまず設定されなければ、善行を目指してもどこかで道を踏み外すことになる。残念だけど人間てのはそういうもの。

 不正義の秩序を選ぶしかないような厳しいときがあるのは、これは人間の現実として仕方のないこと。
 でも、そういうときにあっても、「誓願」——「建前」「理念」を、捨てるわけにはいかんのですよね。

 不正義ある秩序を選ぶしかないときはある。でも、そんな時でも、「正義も秩序も揃った社会であるべき」という「建前」「理念」があれば、人はそこへ心を向けるし、であれば、いつかは、不正義の秩序から抜け出せるはず。

 ということで、建前だって必要。

 実際、ドゥテルテ氏の麻薬組織対策を本気で否定するなら、最初から首脳会談なんて設定されませんよ。
 現実から言えば仕方がないとは、了解されているということでしょう。

 それでも理念は捨てられない。だから口先では麻薬組織対策の「問題点」を指摘する。
 指摘されても——現実は了解されていることはわかってるんですから、口先ですむことなら口先で済ませるべきでしたね。

 じっさい、本音であろうはずもない「(暴言を)後悔している」の釈明で、会談が再度設定されたわけですから。
 口先ですむことなら口先で済ませる。
 多分このへんが、外交における「ルール」なんじゃないですか。
 
 こういうあたりの「呼吸」とか「外交儀礼」「ロゴス」のようなものって……政治家は理解しているはずだし、している「必要」がありますよね。

 今朝の日経新聞には、タイの経済誌のコラムを紹介していましたが——現在、ロシアのプーチン大統領、フィリピンのこのドゥテルテ大統領、アメリカのトランプ氏という「政治家としてのロゴス」を持たない、とんでもない暴言を吐くような人たちが、国のトップに目立つことを、心配しているようでした。

 確かに。
 本音と建前「すら」使いこなせない、そんなセンスしかないのだとしたら、不安にも思いますよね。

 しかも、関係するどちらかが「大人」であってくれればまだいいですが、この子供同士で喧嘩になったらどうなるのかと思いますとね。

 政治家としての言葉を持たない、理解しない、というのは、困ったもんだなと思って聞いたニュースでした。
 
 
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