アルファ波の別名
 オリンピックについてはいろいろ思うところもございますが——ときどき思い出したように出てくる話題のひとつに「楽しむ」ということがあります。

 選手たちが、オリンピックでのその競技・試合を「楽しみたい」というようなことをいうと、目を三角にして「怒る」人たちですね。

 これ、全体としては高い年齢層に該当者が多いということはあるかとは思いますが、私の周辺の感触では意外と年齢は関係ない印象。
 老若男女の別を問わず、——まあその若さでずいぶん頭のカタイことをいうねえ、という方もある。

 楽しむという言葉に、なにをイメージしているのか、ということはあるようですが。
 楽しむということを「罪悪」とみなす、そういう価値観も影響しているようですね。
 
 まあ、そういう方にはイチロー選手のように、もう絵に描いたような求道(ぐどう)的な言葉がしっくりくるのでしょうが、しかし、テニスのナダル選手のように、鋼の精神力という人の言葉の方が、私にはインパクト強かった。
「苦しい、ということをも、楽しむ」

 練習のこともそうですし、「血の流れない決闘」といわれるテニスの、試合の厳しさもそう。
 メンタル面がものをいう、といわれるテニスで、あれほどの強靭な精神力を見せるひとだから、さぞかし厳しいことをいうだろうと思いきや。
 もちろん苦しい、でも、その苦しいことさえ楽しむ——それができるようになってから、試合でも勝てるようになった——とは、インタビュー中で語っていたこと。

 痛いとか苦しいとかっていうと即座に逃げ出すダメ人間には想像もつかないことで、そうですかー……(沈黙)、という状態になってしまいますが。(^^;)
 
 たぶん、この場合の楽しむというのは、物見遊山(ものみゆさん)気分のことではないんでしょう。
 
 今回のオリンピックでも陸上、男子400mリレーでは銀メダルとなった選手たちは、スタート時、緊張などしなかったと口々に語ったそうで、うちの母などは驚き、「時代が違う」とへんな感想を漏らしておりましたが(笑)

 緊張なんぞは、百害あって一利なしなんですよねじっさい。
 その人本来の能力——パフォーマンスを発揮するのには、緊張は、邪魔以外のなにものでもない。

 それなのに、楽しむという言葉をへんに「憎む」人々は、眉間にしわを寄せて体がブルブルふるえるくらいの緊張状態のほうが「良いもの」「真面目」「真剣」とみなす。

 まあ、真剣といえば真剣ではあるでしょうが、こわばった体で十分に能力を発揮できると思うほうがオカシイ。

 先日もとある人が「あの楽しむっていうのは聞いてて抵抗がある」というので、「緊張したらなにもできなくなることは自分だって経験あるでしょう。リラックスと高い集中状態というのは、脳波でみると同じものだから、むしろリラックスして集中するほうがいい」とお話ししておりました。

 リラックスについても、これを聞くと布団に入ってうつらうつら…というイメージみたい(笑) 違うってば(笑)
「緊張していて集中」もありますが「リラックスして集中」したほうが、その集中した——脳波が安定した状態を「長く維持出来る」。緊張は興奮のことですから、これは長時間はもたない。

 というような話を聞けば「それでメダルが取れるなら……」という感じで、不承不承黙ってくれますが、でも、それでも、その不満げな顔を見ると、「楽しむことは罪」という概念からは自由になってないなあ、というのがわかります。

 面白いもんですね。
 じつはそれは「害」があるのに、それでも、真面目はいいことだ、楽しむことは不真面目だ、という価値観からは抜け出せない。
 有害である、とは認めるけれど、自分の価値観を変えることには抵抗がある——そういう感じかな。

 以前にはいちいち、選手たちをかばう気持ちで「楽しむ」の意味を説明してましたが、最近ではちょっと疲れてきて、私もあんまり、言わなくなりました。(^^;)
 
 ただ、誰でも自分の価値観が「間違っている」と認めるのは簡単なことじゃないから、しょーがないんだろうな、ということで、否定はしないけど賛成もしないという態度で対応することにしております。

 なんにしろ、結果はあくまで「時の運」だし——あとはなんといっても、そんなことでいちいち「怒っている」人には、だってアンタにゃ関係ないでしょ、ってことを確認したい気持ちです(笑)

 アンタの「気分」のために、彼らは自分の人生賭けてるわけじゃないよ、なにを勘違いしてんの、と。
 自分と他人の区別がないようすをみて、あいかわらずだねえ、と思いながら過ごしているところです。
 
 
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