欲望と欲求と
 リオデジャネイロ・オリンピック、なかなか盛り上がっているようで、ようございました。
 そうはいっても、やはり、もはや純粋に楽しむ気持ちで見ることができないというのは、残念でもあります。

 ロシアの国を挙げてのドーピング問題ですが、その責任から「逃げた」IOC 国際オリンピック委員会に対し、IPC 国際パラリンピック委員会は、きっちり判断をくだしたそうで。

ロシアをパラリンピック参加停止に ドーピング問題で
2016年8月8日 BBC NEWS Japan
http://www.bbc.com/japanese/37007054

 パラリンピックについてはちょっと事情がありまして、もともと、ドーピングにひっかかる薬を服用せざるを得ない選手が、やはりいらっしゃるんですね。
 だからパラリンピックでは全面禁止ではもともとなく、事前に使用について届け出る等、使用についての規則があるんだそうです。

 ある程度の使用が認められている、だからこそ「ズル」は認められない——それは当然だろうと思いますね。
 ——もともと健康に差し障りがある薬物であれば、障害を持つ人はなおさら使用には慎重になるしかない。それを、国家ぐるみで(もしかしたら選手本人も知らないうちに)薬品が使用されていたとしたら…と考えますと。

 IPCは選手を責めているのではもちろんなくて、今回はWADAが、ロシアは国家という組織が不正なドーピングを行ったのだという判断をしていて、そのWADAの判断にのっとって決定を下しているわけですね。
 選手が悪いわけではない。ロシアという国自体が不正を犯したのだ、ということ。

 べつに、矛盾も破綻もない判断だと思います。
 自分が負うべき責任から逃げちゃって、各競技の国際連盟に丸投げし、対応はそれぞれバラバラ、かえって混乱と不平不満を招いたIOCのほうがオカシイ。IPCの判断は妥当だと思いますね。

 ロシアの国を挙げてのドーピングを告発した方々は、身の安全が保障されないということで保護されているとかで…。

 私がドーピングに反対するのは、卑怯とかなんとかいうことより、とにかく「健全な肉体」を損なう、それどころか命さえ奪うものになりかねないから。
 命と引き換えにしてでも金メダルが欲しいのか——私には理解できないことですが、でも、そういう人も、たしかにいるんでしょう。

 スポーツとはなんのためにあるのか、なんのために競技するのか、勝利の価値とはなんなのか……、このへんについて話したら、ドーピングを是とする人々とは、たぶんもう永遠に話が合わないんだろうなと思ったりします。(^^;)

 まあ、これがロシアだから厳しくやられてんだろう、という見方も、私は否定する気になれませんが。これは理じゃなくて情の部分で、ですけども。

 ドーピング、たとえ死んでも勝てるならやるという人がいるなら勝手にやらせてやれ、というご意見もございましょうが——そういうわけにもいきませんでしょうね。
 自死志願者をみたら、たいていの人はとめるでしょう。——ああいう心理じゃないでしょうかね。

 人の気持ちの不思議なところです——利己的に生きているのは事実ですが、人間の心の内には、人を助けよう、生かせる命なら生かしたいという気持ちが、これもまた「欲求」として、存在している。
 この欲求も、命と引き換えにしてでも勝利したいという欲望に、負けず劣らず強いものですから——ドーピング規制がなくなることも、きっとないでしょう。

 私はもう、オリンピックについては興ざめ以外のなにものでもなく、冷めた目で振り返るくらいですが、でも、選手たち自身には、「楽しんで」、その命のきらめきを味わって過ごしてほしいと願っております。

 ああいう大舞台で自己新記録を出す、って、すばらしいなと思います。
 このへんは、シンプルに。(^^)
 
 
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