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寂しいということ

 わりとひとりで行動することが平気で、旅行でも、食事でも、気が向けばそのまま、ひとりでほいほい出かけてしまい、そういうことが「できない」という人からは、尊敬と羨望と——あとはもうなかば化け物でもみるような目で見られたりします。

 ひとりが平気というよりは、ある程度は、ひとりでいる時間と空間を必要とするタイプのようです。
 これはたぶん、どんな人でも——単独行動が苦手だという人でも、あまり意識していないだけで、ひとりになる時間と場所は必要なんですよね。
 ただ、その必要とする量については個人差があるんじゃないかと思われます。私は、その量がやや多い、ということだろう、と自分ではそのように解釈しております。

 ひとりでいるときの寂しさは、これはもう、そういうわけでどんな人にも生得のものですから、うんまあいいんじゃない、と思えるのですが。
 誰かがいるのに寂しいと感じることには耐えられない——とは、過去にもいくどかお話ししたとおり。

 ひとりの寂しさは、まあそりゃあねえ、という感じで受け入れられますが(どうかすれば、この寂しさこそが心を癒す薬だったりするし)、本来なら、誰かがそこにいてくれる、安心感なりなんなりがあるはずなのに、無視され、置き去りにされていると感じる寂しさというのは、もう、どうにもならない。

 求めるものを得られず、訴えたところで無視される、という、この寂しさは、——なんでしょうね。孤独といえばそうでしょうが、もっと鋭く冷たい感覚で、胸をえぐられる。
 
 ひとりでいる寂しさは心を癒すことさえあるのに、誰かがいるのに(いるからこそ)感じる寂しさは、傷つける以外の「効用」がない。

 その寂しさを感じたとき、その誰か本人なり、あるいはほかの人になり、「私は寂しい」と訴えられる人があります。これは、健全だと思いますね。
 なにかあったときに、他人にSOSの信号を出せる、というのは、大事なことだし、健全ですよ。
「不健全な」私は、誰かに訴えるそのプロセスをいきなりすっとばして、黙って自分がその場を離れていく。

 人に伝えるのではなく、「もういいや」といって、その「寂しい」現場から自分が離れようとする。
 あんまり、よろしいことではないようです;;

 で、そういうときに思い出すのは、仏教経典のひとつ、「スッタニパータ」でおなじみ、「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」のフレーズ。

 自分を損ない、どうかすれば「誰か」を損ない、時間を無駄にするなら、ひとりになったほうがいい、と思い、その「根拠」にもしてきたものでしたが。

 ——これは故・中村元(なかむら・はじめ)先生の訳によるものでしたが——、スリランカ仏教僧、アルボムッレ・スマナサーラ長老の「講義」を読んで、「マジですかああああ!!」と、かなりのショックを受けております;;

 スッタニパータはパーリ語で書かれていますが(当時の庶民の言葉。上流階級はサンスクリット語がふつうですが、お釈迦様は庶民の言葉を多く使ったと言われます)、この言葉の解釈が……、さすがにスリランカのかたのほうが、理解は容易のようです。
 で、従来の、私が聞いていたのとは解釈が違うので、もう、ひっくりかえってしまいました。

寂しい(1)「犀の角のごとく」の正しい意味
ブッダ・ラボ - Buddha laboratory

 この言葉は、私のようなへそ曲がりが、自分を正当化するために使うような言葉じゃないよ、ということで。
 なんかもう、いきなり頭をぽかっと殴られたような気分です;;

 あれは、真の解脱者は「おのずからひとり」であり、あえてそうするとかいう「獲得する自立」とは違う、それを言い表している、というのですね。

 いやもう、それは、たいへん失礼いたしました。としかいいようがございません;;

 へんな思い入れ、あるいは自分勝手な行動の根拠に「利用」するとはなにごとか、とのお叱り。
 ごもっともで。とうなだれているところです。

 ともあれ、長老の解説で興味深いと思ったのは、この「寂しい」というのはわりと近代的な感覚で、最近のものじゃないか、という指摘。人間はさまざまな苦悩をもちますが、そのいろんな苦悩の中でもわりと最近の、「新しい」ものだよねということと。

 ——寂しい、というのも「怒り」のひとつであろう、というご指摘にも、はっとと胸を突かれた思いです。

 寂しい、という感覚に。
 唯々(いい)として飲み込まれるのでもなく。
 私のように「逃げ出す」のでもなく。

 怒りのうちのひとつとしてどう見るか——どう付き合うのか。
 また熟熟(つらつら)、考えてみたいと思います。

 まあ、なんにしろ。
 誰かがいるのに寂しいのは嫌だといって、逃げることを、へんなふうに開き直って正当化するのはまちがってる、と、——それだけは確実に言えることのようです。

 うーん。またなんだか、違う扉を開けることになりますかねー。


 へんな話になりましたが、まあ、暑さと日曜日の気のゆるみってことで、ご容赦ください。(^^;)
 
 
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