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おきれいな嘘

 口を開けば法律がどうこうっていうやつはク▲だ、と思っております。
 法律というのは、どんなアホでもバカでも、一般社会人をやっている以上はわかるように言語・制度化された、「社会人としての最低ライン」。

 本来なら、常識なり良識なり、倫理なりなんなり、自分で状況を見て判断して対応するべきところ、どうも世の中にはそんなこともできないアホがおる。そのアホのレベルに合わせてあげるしかないよねえ、ということで「仕方なく」整備されているものを法律というわけです。

 一を聞いて十を知るというほど賢い人はさすがにそうはいないけど、でもこれくらいの状況なら、10人いれば9人わかるよね、ということについては法律は必要ない。それぞれの人が判断しても、同じように問題なく対応できる——という場合には法律は必要ないわけ。

 でも、「わからない」人数が5、6人にもなるとか、あるいは、人数としてはたったひとりではあるが、これがもう箸にも棒にもかからない、犯罪者スレスレ、大馬鹿のコンコンチキ野郎だった場合、ああいう馬鹿でもわかるようにしておかないといけない、ということになって設置されるのが、法律。その「性質」です。

 問題が起こらなければ法律も作られない。そうでしょう。法律の本質ってそういうもので、いわば世間知や常識といわれるものより、はるか「下方」にあるもののことですよ。
 それなのに、「そういうことをしちゃいけないって法律でもあるのか」などという。
 いちいちいちいちいち法律であれはダメそれはダメと言われなきゃわからない大馬鹿ですと自分で言ってるわけです。
 でも、そのことすらわからない。だから馬鹿だと言われる。

 自分で自分の馬鹿がわかれば馬鹿ではない、というのは、どなたがおっしゃったことなのか。
 その意味が、年をとるほどに身にしみています;;

「ゲイだ」とばらされ苦悩の末の死 学生遺族が一橋大と同級生を提訴
よくある失恋話、で済むはずだった。

2016/08/05 18:46  BuzzFeed
https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/gay-student-sued-hitotsubashi-university?utm_term=.bsQAXerj0#.kpdEmvdA4

 これも本当にひどい話ですが、私が頭にきたのはこの件に対するとあるツイートの方。

 人を褒める件なら引用するけど「さらし」になるようなことなら引っ張ってこない、というのをポリシーにしているので、内容の概略だけ申しますが、そのツイートは
「守秘義務っていうけど、個人的な秘密を(勝手に)知らされたのにその秘密を守る義務と責任なんていわれるのは不条理」
 とのこと。

 これについた返信、その相手とのやりとりの、話の噛み合わないことが興味深いくらいでした。
 ………今回はたまたま、法律関係を学ぶ学生さんということで話が法律になって話が展開されているのですが、「法律ってそんなにエライもんか? あんなもん社会常識に欠けた人間のための最低ガイドラインだぞ。なんでそんなもんを金科玉条みたいに思ってんの」と、まず、おそらくこの段階で、価値観の相違ってやつがあるようです。(^^;)

 そのツイートをみたのは昨夜。そろそろ寝ようかなと脳みそがトロリとしてきた時間帯でしたが、あまりにアホなものを見てしまって一気に気分が悪くなりました;;
 寝る前にネットなんか見るな、という、安眠へのアドバイスがあったけど、そのとおりかもしれません;;

 私がたぶん頭にきていたのは、「他人に対して責任なんかとる気もないくせにこういうきれいごとをいう」そのエエカッコシイの精神と、なにより、「他人の人生をおもちゃにすんな」ってところですね。

 他人の秘密を(勝手に)聞かされた、それが負担、というのがまずわからない。これがもうすでに嘘。
 誰が誰を好きであろうと、誰の性的指向がどうであろうと、自分には関係ないでしょう。
 自分には関係ないことに、義務も責任も感じるわけない。

 私には理解できませんが、なにか——誰かが隠しておきたがるようなものを「つかむ」と、それを「みんなにバラしたい」衝動があるんですね。
 でも、それはやってはいけないことだということは頭ではわかってる。
 でもバラしたい。
 バラしてみんなで「楽しみたい」。
 誰かを笑いものにして、ないことないことあげつらって、噂話で楽しみたい。

 そういう衝動があるから「黙っていることが苦痛」なんでしょう。
 そういう衝動がない人間からすれば、黙っていることが苦痛、といわれても、なんで? というしかありません。

 失恋話であれ、性的指向の話であれ、本人にしてみたら、苦労も苦痛もあること。
 でも、それを本心から思いやることはない。
 苦しんでいるひとを、自分たちの「楽しみ」に供したい。
 ——ひとりの人間を、自分たちのオモチャにしてる。

 私が頭にきているのはまずこの酷薄さに対してですが、そのツイートがなお悪かったのは、その酷薄さについて、グダグダくだらない言い訳をしていることでした。

 ひとは、自分を、価値のある「いいひと」だと思いたいもの。
 いい人ではいたいけれど、現実の自分はまったくそうではない、というとき。

 その現実を——くだらない自分を自分で認めるのか。
 あるいは、自分の良心に目隠しをして、くだらない嘘で現実を塗り込めるのか。

 前者にはまだ救いもあるけど、後者になったらもう、わずかな良心さえ自分で踏みつぶしているんですから救いようがない。

 私もなにがきらいかって、——どうせ人間のことですからなにかと薄汚いのはお互い様で、そのこと自体はもうしょうがないといえるけど、それをさらにお綺麗な嘘で塗り固める、エエカッコシイの嘘ほど我慢ならないものはないのです。

 誰かを踏みつけにしたり、誰かを「下」に置くことで自分をまともな人間だと信じようとしたり。
 ——嘘や欺瞞にもいろいろあるけど、こういう嘘が、いちばん我慢できないこと。

 べつにそうしたいというならそうしていただいて結構。私の人生じゃない。心ゆくまで嘘で塗り固めた人生を送ればいい。
 たぶん、私が火を噴く勢いで怒るときというのは、その嘘にお前も従えといわれたとき、ですね。

 誰がなんと言おうと、裸の王様は服なんか着てない。

 それを、力づくででも王様はきれいな服をお召しですといわせようとする(本人、無意識だったりしますが)のは。
 殺されても御免(ごめん)蒙(こうむ)りますね。

 このブログは私自身の「息抜き」のもの。「王様の耳はロバの耳」と叫ぶための場所、と、なんどか申し上げておりますが。
 今日のところは「誰がなんと言おうと、ぐだぐだした嘘のいいわけなんか誰が聞くか。王様は裸だ!」と、叫びます、ってことで。(^^;)

 いやもう、なんと申しましょうか——ただのストレス発散のブログなのに、いつもおつきあいくださいます方。ありがとうございます。
(なんだかだんだん恥ずかしくなってきたので退場します;;)
 
 
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