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見た目の意味



 世の中には「珍味」と呼ばれるものがあります。
 たしかに美味しいんだけど、これを最初に食べた人って誰なんだ、と思うようなもの、ありますよね。ナマコなりホヤなり……ウニだってアワビだってそう。
 冷静に、自然界で彼らが生息しているときの姿をご覧なさいまし。
 あの状態をみただけで、美味しい味って想像できます?

 どんな事情があったか知らないけれど、でも、あれを捕獲して調理して、美味だ、といった人がいたわけですよね。
 私はふと、そういうひとを思うと、思わず、腹の底から尊敬の念が湧いてきますね。

 こういうグロテスクな形状をものともせず、果敢に挑戦してこの美味にたどり着いた人。
 全人類の恩人ですよ(真顔)
 たいていの人は、それがそもそも食べ物になるとさえ思わないんだから。
 でも、その恩人に教えてもらってとにかく食べてみたらすっごい美味しい、ってわかって、いまや世界のグルメってことに。

 でも、ものの形状にこだわる人には、「色形はこんなんだけどでもすっごい美味しいんだよ」と説明してもダメ。むしろそう説明する人を化け物みたいな目でみたりする。

 そこでプレゼンテーション。
 捕獲したままではなく、調理したうえ、さらにツマだの花だのを添えてきれいに盛り付けて、その美味なることをビジュアルで表現すると、さしも偏見強固なひとも、なんか美味しそうと思えてくる。

「人間は見た目も大事」てのも、そういうことなんじゃないでしょうかね。
 万人が、盛り付けどころか調理される以前の姿を見ても「これはおいしいものだ」と理解できる能力があればいちばんいいんですが、これもなかなかないこと。

「見た目が大事」というとき、その「見た目」がどのへんのことを意味しているかによって、「人間は見た目じゃないよ」というご意見に、うなずいたり否定したりするわけです、私としましては。

 これは男女双方にいますねえ——自分の容姿を必要以上に否定したり、いじけたり、そこから反転して「どうせ見た目でしかみないくせに」と他人を非難したり。

 でも、60億をこえる数の人間がいて、ですよ——それなのに美男美女といわれるひとたちは何人いるのか、全体の何割(…割もなかったりして)いるのかと考えると。
 美醜にこだわるのは、ほぼ、無意味だってことになりませんかね。

 たぶん、自分の容姿のことでひどくねじれた気持ちがあるひとは、御自身に、なんらかのこだわりがあるのだろう、と私は考えております。
 どうせひとを見た目でしか判断しないくせに、という、その人自身こそが、じつは人を見た目で判断している。
 そういうことの裏返しの心理——そのようにお見受けします。

 よかろうが悪かろうが、持って生まれたもので勝負するしかない、というのは、容姿でもなんでも同じこと。それをいまさらぐだぐだいってもしょうがない。
 冷静に考えればこの世の中は、少数の美男美女と、大多数の——、えーと……、不美男不美女で構成されているわけですから——自分がその「エリート」ではないからって嘆くことはない。

 素材はもって生まれたものでお互いにしょーがない。
 でも、なにを装うのか、どんな立ち居振舞いを身につけるのか、というのは、「きれいに盛り付ける」ことであり、「中身」の美味であることをわかりやすく表現するということは、可能なわけですよね。
 人間にとってはこちらのほうが、むしろ勝負どころじゃないでしょうか。

 すべての美女がトップモデルになるわけでもない、すべての歌がうまいひとが歌手になるわけじゃない、すべての頭のいいひとが先進の科学者になるわけではない。
 その素材だけで、すべてが決定されるわけではなく、あくまでも、「本人がどうありたいか」で、その人は決まっていく。

 私はあまり極端に、見た目だけで人間を排除するようなひとにはあったことがありませんが、もしそういうひとがいるのなら——そういうひとからは、避けてもらえるって、ぎゃくにありがたいことじゃないですか?

 そういう「話のわからない」「石頭」とは、なんにしろ、長い、親しいおつきあいは難しいでしょうから、早い段階で、そのことがわかって深入りしないですむというのは、むしろありがたいでしょう。

 その珍味なること滋味なることを知ろうともせず、忌避するようなやつに、いちいちご親切にご馳走をふるまってやることはありませんて。
 
 くだらないひとと無理に「友達」になって自分がずるずるダメになるくらいなら、ひとりで歩め——というのが、あまりに現実主義であまりにドライな、原始仏教の説くところですが、でもこれ、たしかにそうだと思いますよ。(^^;)

 相手に選ばせるばかりじゃない。自分にこそ、付き合うひとを選ぶ「権利」があることを、思い出してくださいな。

 誰かに、自分の容姿のことをとやかくいわれたら、そんなやつは相手にするだけ時間の無駄になるんだから、ありがたいことだと思い。
 ——でもちょっとだけ——じつは自分の中にこそ、「ひとを見た目だけで決め付ける」ところがないだろうかと、探ってみる。

 私のオススメはそんなところ。

 見た目は。
 盛り付けなんてしたくないというのならそうすればいいと思いますが、ただ、どうすればわかってもらえるかなあ、と考えて努力することは、自分のためにもなるし、他人のことを考える親切心にもつながることなので、そういう意味でなら、大事なこと。

 そう思います。
 
 
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