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外交は、戦争抑止のための戦争

 子供さんやお若い方々に、過去の出来事を示して見せて
「戦争は絶対にいけない、ということを伝えたい」
 という人々をみるたび、胸の底が冷たーく、冷え冷えとしてくる今日この頃です。

 いくら過去の話を聞かせても、そんなもん、戦争抑止の役には立ちませんよ。
 ——などといったら殺されそう(笑)
 なぜ、自称平和主義者はああも怒りっぽくて凶暴なんだろ(笑)

 結局、戦争の原因は時代がどうだろうが背景がなんだろうがひとつしかないんですよね。
「利益の確保」。
 倫理的な問題ではない。

 すでに充分に確保しているのに、今現在の、手持ちのものにさらに上積みされていかないと、不安になるのが人間てもんでございまして———「将来を見据えて、いまのうちから先行投資」としての、利益確保、という場合もありますし。
 明日への投資どころか今日たべるごはんのため、という「利益確保」もあるけれど。

 なんにせよ、人が人と殺しあう原因は、自分の利益を得ること、あるいは守ること。
 これらがあやういとなったときに、「自己保存」の本能が起動して、「それ」が起こる。

 ま、戦争はいけませんなんてのはある意味、当たり前のことなんで。
 それがどんな争いであっても、たとえ勝利できたとしても、他人と本気で殺しあうときに自分が全く無傷ということはあり得ない。必ずなんらかの「損失」は生じます。
 損をすることを望む人はいません。——ゆえに、損失というリスクは、通常の状態なら可能な限りとらない、というのが、本来のところ。

 でも、その損失を恐れて動かなければ、明日のごはんもなくなってしまう——となれば、明日のごはんという「利益」のために、今日の損失に耐える——という、これが、戦争へ踏み込むときの気持ちですね。

 戦争は絶対にいけませんというのは、いわば倫理ですが、明日のごはんがなくなれば死ぬしかないとなれば、そんな倫理なんかぶっとんでいっちゃう。
 自分が死んじゃうのに倫理もクソもあるか、というのが、自己保存欲求がつきつけるものでしょう。

 だから、ああいう情緒的な訴えとか、戦争は絶対にいけませんとか、——無駄だとはいいませんが、それは抑止のために有効な教育の「核」にはならない。

 原爆のお話も、私自身、感情的に揺さぶられて怒りだの悲しみだのでふくらんでいたのは中学校まで。
 16にもなりますとちっとは知恵がつくものと見えて
「ここで怒りだの悲しいだのいってて、なんの意味があるのか」
 という気持ちになり、
「情緒的なことではなく、じっさいに有効な策を知りたい」
 と思いました。
 
 が。
 残念ながら、私のこの気持ちにこたえてくれる大人は、当時はひとりとしてなく(本を読みあさってもです)、むしろ、センソウハンターイ! という絶叫になんの意味があるのか、なんていうと怒られたりして。(^^;)
 しょーがないので、自分で、あれこれつらつら考えて30年。
 
「戦争は避けるべきもの」という「信念」を共有している、ということを前提にして、そのうえでさらに。
 現実的に有効な抑止策はなにか——と考えました結果。

 利益を確保すること。

 これに尽きる。

 戦争となれば損失は避けられない。損失を嫌う人間はそういうわけで本来的には戦争までは望まない。
 それなのになぜ戦争がやめられないのかといえば、利益確保への不安がなくならないから。
 であれば、その利益が得られる、確保できるのなら、誰も戦争まではやらない。

 わりと単純な話でした。

 ただ、現実問題としては、利益というのは入り組んでいる、このへんが難しいんですね。
 20世紀末から「win-win」——「自分も勝って、相手にも勝たせる」という言葉が言われるようになりました。
 もとはビジネス界から出てきたようです。
 取引上、双方に利益(メリット)がある状態や関係のこと、ですね。

 これが守られていれば戦争にはなりますまい。ほとんどの場合は。

 で。
 双方利益があるようにということは、双方になんらかの「我慢」「妥協」「折り合い」も求められるわけで。
 この折衝(せっしょう)がうまくいくことが、戦争抑止の最大の因子と言える。

 だから、日頃の外交が大事なんですよね。
 大事というより、ここが破綻すればもはや折衝の場さえなくなり、——となれば選択肢はひとつだけということになっていく。

 外交とは、つまるところは日常の戦争、戦争抑止のための戦争、とも、いえるかもしれません。
 外交は、これこそ命懸けの戦い、といえる。

 のですが。
 あまりにもナイーブな日本人は多く、このへんを理解していないようです。日本人だけではないでしょうが——この国の人は特にその傾向が強い、と感じてます。

 また、このウィン-ウィンの関係を目指すには、相手にもまた、「じっさいのドンパチになったら損。避けるべき」という認識があることも、前提となります。
 自分にはいっさいの損失なく(戦争で)利益が取れる——と、思わせてはならない。つまり、見縊らせてはならない。これも、外交の必須条件。
 防衛力の意味は、ここにあります。……左巻きにはわからんでしょうが。(← 一言多い)

 情緒的な、あるいは倫理的な教育も、そりゃ大事です。大事ですが、それだけでは、教育としては不十分だと私は考えます。

 かつての私は、私の知りたいことをだれも教えてくれないことを、——それどころか、疑問を口にすれば大声で怒鳴りつけて黙らせようとする人々の態度を、大いに不満に思ってました。
 その、大いなる不満をもった経験からかんがえて、「人間自然」の姿と「政治力学」を、若い人にくりかえし教えることが必要だと言えます。——戦争は絶対やってはいけないというそのお言葉が、本気のものであるのならば。ですが。


 でも、こういう話をするとだいたいは、なんとなくいやな雰囲気になるんですよねえ。(^^;)
 なんででしょうね——好き嫌いいったってしょーがなくて、それが私どもの「現実」ってやつなのにね。

 最近、考えているのはそんなこと。
 
 
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