誠実であること

中国地方の活断層地震 30年以内の発生確率50% 「非常に高い」と政府調査委
2016.年7月1日 19時8分  産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160701-00000556-san-soci

 天気予報の降水確率、何十パーセント、という言い方もナゾですが、まあ、科学というのはそういうものでしょう。

 科学者が絶対安全とか、100%(危険が)無い、とは言わないからというので、放射脳たちが文字通りのヒステリーを起こすのを、これまでも何度か見ておりますけども。
 今回のこのニュースについても、
「30年で五分五分ではどう受け止めればいいのか…」
「これは楽な表現なんだろうね、学者の存在価値ってなんだろう」
 というコメントをお見かけして、これはあんまりだ、と思いました。

 科学に限らず、学問というのは知ることを求めること。しらない、わからない、というものを、どれほど細い糸でも手繰り寄せて「わかる」「知る」を得ようとするもの。
 仮説、という、いわば「空想」「予想」から始まり、じっさいの現実としてつかまえる——先だっては重力波の観測に成功しまして大騒ぎでしたが、そういうもんです。

 私も数十年前から大規模地震が予想される地域住まいですし、そのうえ、しょっちゅう「富士山噴火」が囁かれるところにおりますので、これは自分の経験からですが
「何月何日に、こういうことが起きる、なんて言う奴は科学者ではない」
 これは、たしかに言えることです。

 なんせ、地球にとっては、大規模地震が今日起こるのも200年後に起きるのも同じだというんですから、もうね。
 あちらさまの「時間感覚」は、千年から万年単位。
 100年たらずでだいたいは寿命が尽きる人間とは、感覚が違う。

 むしろ、確率はこれくらいです、可能性は(つねに)あります、というのが、科学者としては「誠実な」態度というもの。

 何月何日にこうなるとか、必ず何年後かにはこうなるとか、絶対こうだとかああだというかいうのは、詐欺師の類ですよ。
 それがどんなに低い可能性であっても、科学的見地からみれば「可能性はゼロでは無い」というのが、この世のほとんどのこと。

 物質を量子という最小レベルにまで分解すれば、「あるときは物質あるときは波」という頼りなさ。
 むしろ、絶対こうなる、ぜったい危険、ぜったい安全などというほうが、科学者としてはエセ、といえますね。

 でも、科学のそういう態度ってなかなか理解されないんですねえ。なんでだろ。

 庶民は安易な答えを求めるけれど、——べつにこれは科学者じゃなくたって、この世に「ぜったい」のものなんか、まずないでしょうよ。
 放射脳に問い詰められた科学者が、それでもぜったい安全とはいわず、「可能性はきわめて低い」というのを、「ほんの少しでも可能性があるなら危険なんだ」と解釈してヒステリーを起こすのを見るのは、私はもう、ほんとうに、心底、うんざりしております。

 地震でもなんでもそう。

 むしろ、誠実な対応であるものを「いいかげんだ」「気楽なもんだ」などと腐すとは——いくらなんでもひどすぎる。気の毒すぎます。

 と思ったのですが、たぶん、そんな話をしてもわかっちゃもらえない——話してわかるような人なら、ハナからこんなことは言わないだろうからと返信はあきらめて、自分のストレス解消のために、ここでぶちぶち書いております(笑)

 なんどもいうようですがこのブログは本当に私の息抜き、ストレス発散、王様の耳はロバの耳と叫ぶための場所、です。ひどいもんです(笑)

 ともあれ。
 自己都合ばかりでものを推し量り、ほんとうに誠実なのは誰なのかを見落とす、というのは、ただ残念というばかりではなく、けっこう危険なことにもなることなので、——御一考いただきたいところです。ほんとうはね。
 リア王にはならないように。
 
 
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