自己再発見
2016年07月01日 (金) | 編集 |



 不肖わたくし、大きなバッグにいろんなものを持って歩くタイプでして。
 いったい何が入っているのだと疑問に思われることはたびたびあるようです。(^^;)

 ようです、というのは、おそらくは「それはいったい何が入っているのか」とは思いつつ口にはしないんだなという気配を感じることも多いし、たまりかねてお尋ねになる方もそれなりにいらっしゃるから。

 なにが入ってるんでしょうかねー……。まあ、着替えと歯ブラシがないのを我慢できるなら、このまま1泊しても大丈夫、くらいのものは入ってますね。
 というのは、ひとつには、なにかと体調不良に悩まされることが多いので、「なにかあったときのために」という気持ちがどこかにあるから。

 おかげさまで現在はそれなりに元気ですが、冷房には異様にヨワいというのはそのままですね。
 夏にこそパシュミナのストールは必携品である、というくらい。(^^;)
 じっさい、あの冷房ってのはねえ……。なければないで熱中症も困りますが、それにしたって効かせすぎでしょうと思うことは多いですね。

 ともあれ。
 ファッション誌とかああいうものでときどき指摘されるのは、「でっかいカバンなんて持ち歩いてるとモテないよ」ということ。
 
 事実かどうかはなんとも言えませんが、——まあ仕事の関係ではしょーがないとして、プライベートの時にですね。
 いわれてみればたしかに、私自身の周囲では、その指摘は当たってるな〜と思えたのは事実。(^^;)

 しかしだからといって、自分の荷物を見直して小さめバッグにしようとは、思わないところが私の救われないところでしょうか(笑)

 たしかに荷物は多いよなあ、と思い、チェックしてみたんですけども、どうしても、「なにかあったら」ということが意識からは追い出せなかったし、なんどか荷物を最小限にしてみた(財布とハンカチケータイのみとか)ら、やっぱり、なんだかんだで不便を感じる場面があるんですよね。
 モテの意識より、自分の行動の快適さを取る。そういう結論になりました。

 外出先の状態によっては、本当の手回品だけ小さいバッグにいれ、その他のものは小さめのトートバッグに入れて持つ、ということもしていますが、それが限界。

 自分自身ではもう決着はついていることではありますが、でも、でっかいカバンを持ち歩く姿は美しいとはいえない、ミットモナイ、というイメージが脳みそのどこかに刷り込まれたようで、なーんとなくコンプレックスに感じているようです。

 ふだんは意識していませんが、たまに、ひとさまからカバンのことをいわれると、どうにも身の置き所がないような恥ずかしいような、荷物を背後に隠したくなるような——、「そのカバンにはいったいなにが入ってんだ? って思うでしょ?」と笑って言いながらも、内心では恥ずかしいなと思ってるんですよね。少しだけですけどね。

 という状態なので——このエントリー冒頭に引用しましたツイート、拝見したときは、じんわり、あら嬉しい、と。
 
 べつに、これは私という人間についてのことではなく、ツイ主さまの周囲ではそういう女性がいらっしゃるのだろうというだけのことなんで、私が嬉しがるのも可笑しなことなんですが。
 でも、いきなり、「それじゃダサイよ」「モテ要素なし」などといわれるほうが脳裏には残っていることですから、世の中にはこういうことを言ってくださる方もあるのねーと、まず、その点が感動。

 そうですねえ。モテるというのがどういう状態を指しているかも考えるとけっこうややこしいんですが——じつのところは、モテるよりも、信頼がおける、という評価をいただけるほうが、ありがたいな嬉しいな、と感じます。

 大きなカバンにいろんなものを入れて歩く人には、たとえばどういう傾向が多く見られ、それゆえに信頼感がある——とツイ主さまが評価なさるのか、ほんのひとことのツイートなので説明もなくてわかりませんけども。

 深刻には思っていないにしろ、自分でしょーがないと決めたことであるにしろ——これまでには聞くこともなかった意外なお言葉は、印象的。(^^)

 と同時に、そういうことを嬉しいなと思った自分も、少々意外でした。

 そっか、私はモテるよりは(人として)信頼できるといわれるほうが嬉しいと思うのか、——と。
 こんなところで自分を再発見となりました。
 こういうところが、ひとさまの言葉を聞く面白さ、なんでしょうね。
  
 
関連記事