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話を聞く

 早いもので本日で6月も終わりですね。
 ということで、今日は「夏越の祓え」、半年ぶりの罪・穢れを祓うというご神事がございます。

 私もなんどか、地元、三嶋大社の夏越の祓えにお参りしたことがあります。
 
img_H24_tinowa.jpg
http://www.mishimataisha.or.jp

 半年分の罪・穢れかあ……。
 まあ、半年もあればじゅーぶんイロイロ、積もり積もってますよね。(^^;)

 今年はお参りはできないので、人形(ひとがた)をお送りしております。
 これでまた夏が来るわけですね。
 でも、本来の旧暦での夏越の祓えの季節感は、文字通り、「夏を送る行事」なんでしょうかね? 現在の暦で6月30日というと梅雨明けもまだですが、旧暦だと現在の7月下旬〜8月初旬くらいにはなるでしょうか。
 旧暦七夕は、晩夏から「秋」の行事ですもんね。
 季節感の違いについてはときどき考える……。

 ともあれ今日は和菓子「水無月」を召し上がって、夏の厄除けってことでいかがでしょう。(^^)

        ●



 そうそう、そういうこと多いよなーと思ったツイート。

 マウンティングという言葉を聞いたときは、わかりやすい、イメージしやすいといえばそうだけどまたなんつー表現をするのだ、と、ちょっとびっくりいたしました。(^^;)
 本来のマウンティングは動物の交尾の態勢のことですが、人間関係におけるそれは、「他人の話を横取りして、自分の優位性を示す」ことだそうです。

 誰かが自分の買い物の話をすると、よこから割って入って自分はもっといい買い物をしたのだという自慢話にすりかえる、というような。

 基本的に、人の話を聞かない、という姿勢ですね。

 上記ツイートも、これの前のツイートでは主さまが、とあるリアリティ系の番組中にみられた場面から、思いついたことをつぶやいておいででした。
 が、主さまのいいたいこと、あるいはお話になったことはまるっと無視して、「リアリティ番組なんて結局はやらせであり、まともに受け取るものではない」ということを言ってきた人がある、んでしょうねこのようすだと。
 マウンティングもそうですが、こういう「人の話を聞かない」人ってけっこういるなあ、と思いまして。 

 顕著なのは、「ほんとうにあった怖い話」のような、個人の体験談かな。
 ちょっと不思議な体験について話を聞いていると、そんなもん幻覚だろう勘違いだろう見間違い思い違いだろう、そんなものがあるわけがない非科学的迷信……と、まあなんでそんなに必死になってんのと言いたくなるくらい、否定しまくる人があるわけで。

 仲間内の集まりのとき、若気の至りでそんな体験談をうっかり漏らした友人が、そういう具合に「科学的な」ヤツにいじめられまして。
 私も最初は黙っていたけど、あんまりその科学野郎がしつこいので、こちらも若気の至りで、
「あんたさ。人の話を聞く気がないなら◯◯へ行ってれば?」
(合宿中のことだったので、その後の予定があり、そちらへいってこい、ということを申しました)
 と口走り、その場を凍りつかせたことがありますすみません。

 これはちょっと極端な例ではあるでしょうが、でも、こういう次第で「人の話を聞かない」ヤツって多いよな、と。

 今回のツイートでいえば、主さまは、とある場面についての感想を語っただけのこと。
 それがリアリティであろうがフィクションのドラマだろうが、思いつくことには変わりはない。
 テレビに映し出された場面が虚か実かは関係なくて、話の核はべつのところにある。

 それなのに、「あんなものを真に受けるなんて馬鹿」というコメントがとんでくるというのは——なるほどこれがマウンティングとかクソリプとか呼ばれるものなんだな、そういうことする人ってようは「他人の話を聞いてない」んだなあ。と。

 ちょっと不思議なことに遭遇しやすい友人はそんなわけで、自分の体験を話すのに、それを話していい相手かどうかを、ずいぶん慎重にみるようになりました。基本的には他人には話しません。が、本人にしてみればちょっとキョーレツなものがあるので、人に話すことで気持ちを軽くしたいんですよね。
 彼女の体験が、事実かなにかの勘違いなのかは問題じゃないのです。
 彼女が、怖い思いをしていて、それを吐き出すことで気持ちが軽くなることが、大事なことなのです。

 主題は、彼女の気持ち。でございます。
 その体験が事実かそうじゃないかなんて、どーでもいいこと。

 でも、そのどーでもいいことばかりを拡大し、それだけならまだしも、主題である人を馬鹿にするというのはどういうことか。

 私が「科学野郎」が大嫌いなのは、このへんが理由なんですが。
 でも、私が科学野郎を嫌う理由が、そうやって「人の話を聞かない」のみならず「マウンティング」してくる、というイヤラシサにあるとすれば。
 ……嫌っているのは、科学野郎「だから」ではない、ってことになるんでしょうね。(^^;)

 だれかの体験談を聞いて、自分には自分なりに、思うことも感じるものもある。それはそれで、自分の話としてだれかに聞いてもらえばいい。
 人が話しているときは、その人の話を聞け——と思いますが、たぶん、「人の話を聞く」とは、どんなことをいうのか、わかってない人って私が思うよりも多いのかも。
 ——と思ったツイートでした。

 ツイッターはそれこそ「つぶやき」ひとりごとなんですから、——だれかの話をきいて自分なりに思うことがあったなら、自分の(単独の)ツイートにしておけばいい。
 なにもわざわざ、相手に返信する必要はない。
 クソリプと、ちゃんとした(相手の話をちゃんと聞いてそれに沿った内容の)返信との違いは、このへんにあるんだろうな。

 マウンティングとはそれにしても、ひどい言い方ですね。(^^;)
 感動ポルノって言葉もそうだけど、言いたいことを誇張したいがために不必要に扇情的な——どうかすれば下品になるかもしれない言葉を使う手法は、私はあんまり好きではありません。
(売らんかなのマスコミや左巻きが好む手法だ)(好きなわけがない)
(馬鹿と基地外は声がでかい、というときの、声がデカイとはこういう手法のことも含みます)

 人の話を聞くなら聞く。
 自分にも言いたいことがあるならそのあとで。または機会や場所をあらためる。
 人の話を聞く気がないならさっさと退席。

 これだけでも、実現できたら、この世の中もけっこう風通しがよくなるんでしょうにね。
 
 
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