投影
 イギリスが国民投票で、「EUから離脱する」の結論を得たわけですが——だいぶ混乱しているようで。
 EUのエライ人たちは、イギリスとの早々の交渉…といったのか「話し合い」といったのか、ともあれ、その件については早く話し合いたいということを発言しているとか。

 金融市場等の動揺ぶりは目も当てられないありさまですが、でもじっさい、これ、どーなるかはまだぜんぜんわかりませんよ。
 あのEUのエライさんがたの顔色を見ても、あなた、そう簡単には話はすすまなくってよ、と思いますね。(^^;)

 離脱がそもそも可能なのかということも問題だし、かりに離脱ということになったら——あのエライさんがたは、「慰謝料」をふんだくる気満々ですね、あのようすじゃ。
 だからここでそうガタガタする理由もないはずなんだけどねえ。……いえ、そりゃ企業等は、離脱もあり得るということを考えて戦略たてておく必要はあるでしょうが。

 と思っていたら、「離脱派が勝っちゃって、イギリス人自身がびっくりしている」というニュースも入ってきまして、最初に聞いたときは、「は?」でした。(^^;)

 投票後にいちばん多く検索された言葉がグーグルから発表されたそうですが、「EUってなに?」が上位にきてるって……。

 
 よく検索された言葉、2位のところですね。EUってなに? って……。
 ……そこから? (°_°)

         ●

 あんまり固有名詞がはっきり入っているものは取り入れないようにしてますが、これは悪口の系統ではないのでいいかな、ということで引用。



 ここで登場している方々を、世情に疎い私はほとんど存じ上げませんが(すみません;; やっぱりテレビは少しくらいは見るべきでしょうか;;)言っていることにちょっと興味を惹かれまして。

 付き合う相手はなぜか(選んでいるつもりもないのに)メンヘラ女ばかり、という人がいて、なんのことはない、それは彼自身が、健康な人をもメンヘラにしてしまうようなクズなんである、というお話ですね。
 
 自分が招いている結果であるにもかかわらず、自分以外のもの——環境なり人間なり——に責任をかぶせてしまい、自分は何も悪くない、とうそぶいている。
 そういうことは、他にもけっこうあるよね、と思いまして。

 自分のことを顧みるよりも先に、だれか、なにかのせいにする——これはどうしても、やらかしてしまうことかな。
 一言で言うなら、幼稚。

 でもこの幼児性は年齢に関係なく、本人が気付かない限り、じっさいの年齢が幼児であろうと100歳にまでなっていようと、関係なく身に添ってくるんだよねえ。としみじみ。
 
 誰かの悪口を言うと、それは結局は自分自身の悪口になる、という心理実験もある。
 被験者に、なんの実験かは伏せたまま、ただ世間話のふうであれこれ話してもらうという実験。
 とにかく嫌いな人についてしゃべってもらう。最初のうちこそ誰もが嬉々として(?)、その嫌いな人のことをあれこれ悪く言う。話を聞いている人はなにも遮らず、うんうんと聞くばかりですから、調子に乗ってきてどんどん嫌いな理由、悪口を、日頃の鬱憤(うっぷん)ばらしとばかり、言い続けるわけですね。

 でも、ある時点から——大抵の人は、だんだん決まり悪そうな顔になり、最後には黙り込んでしまった。(全員ではありませんが)
 なぜかというと、その「嫌いな理由」「悪口」が、自分に当てはまることに気がつくから。

 ……ま、そういうもんだろうな、と。
 心理学でいう「投影」なんでしょうね。

 その投影の考え方に基づいていうのなら、もちろん「メンヘラメーカー」さんにもそういう側面があるでしょうが、であれば、そういう人には近づかないか、そうだとわかったら可能な限り——情がうつるまえに——なんとか、切り上げてくる、ということも、自分を守る「知恵」として、考えられたらいいなと思います。

 面白いな、と。
 面白いなどと言っては怒られるでしょうが——でも、俯瞰してみますとね。

 以前には、どうもご自身の容姿に強いコンプレックスがあるらしい男性のツイートを見たことがありまして、それによりますと、
「世の中の女性は顔で男を選んでいる。顔がいい男は当然モテるので、浮気も多いだろう、そういう相手を自分が選んでいながら、浮気されては泣いている。
 つまりは顔で男を選ぶ女が悪い。男は中身で選ぶべき」
 というのですが、それももうひとつひっくり返すと、「容姿には恵まれていないけれども、中身がよろしい自分であれば、浮気もしないのに」ということなんですよね。

 さてさて。

 顔でばかり選ぶのはご自分の方なのでは? と私は思いました。(^^;) それこそ、投影で。

 自分が外見コンプレックスであり、外見を基準にしているので、他人もみんな自分と同じで外見を基準にしているはずだという思い込みがまずある。
(中身には自信がありますというのも、なかなか「立派」なことだと思いますが、それはさておき)

 悪いのは、自分なのか他人なのか。

 他人をいくら責めても、でも、どうにもならない、ということ、多いんじゃないでしょうか。
 確かに相手も悪い。でも、それでも、自分にできることが、まったくないわけでもない。

 他人を変えることはできない。でも自分は変えられる——とは、ちょいちょい聞く言葉。
 そんな言葉を聞いてもうんざりするばかり、というお気持ちもよくわかります。苦しんでいる最中にそんなキレイごとを言われてもね、という気持ちもわかる。
 でも、じっさいそのとおりだからしょーがないです。(^^;)

 自分を変えることはしんどいことではありますが、でも、ほんのちょっとでも変えることができたときの——喜びというんでしょうか、ちょっとした充足感は間違いのないところですし。

 不思議に自分が変わると環境も人も変わる。これも確かなこと。

 誰かが悪い、ということでは、結局は、ないのかもしれません。


 どなたさまも、すこしでも、お気持ち、楽にできますように。
 ひそかに(自分のことも含めて)願うのはそんなこと。
 
 
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