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2016.06.20 (Mon)

ラジカセ犬パフくん

 この土日は、福島県福島市は「野地温泉」へ。
 温泉に行くのは5年ぶり、相馬野馬追にお邪魔したのももう3年前になりますか。
 お久しぶりでございましたが、おかげさまでゆっくりのんびり、幸せ〜に過ごしてまいりました。
 ありがとうございました。(^人^)
 またそのへんはあれこれ写真も整理してからお話できればと思います。

 標高1,200mってことで、まさに「下界」とは違う世界へいってきたよう。
2016-06-19 野地温泉 - 1

 また今回は、緑さかんな季節のうえ、夏至も間近の「真夏」、さらには梅雨の合間の極上の晴天ということで、景観最高。
 文字通りの命の洗濯をした気分でおります。(^^)

        ●



 読むのが遅々として進んでおりません。(^^;)
 
 目からウロコが落ちるたびに、本を脇においてはあれこれ考えたりため息をついていたりするので、もーぜんぜん進まない。
 知らずにいるよりもずっといいと思えることばかりなので、気持ちとしては「読み込んでいる」感覚なんですがね。(^^;)

 ジョン・グレイ博士のこちらの本ですが、わりと冒頭部分からがつんとくるものがありまして。
 多かれ少なかれ、たいていのひとは、異性関係で(恋愛、愛情関係とは限らず、日常の人間関係として)不満や怒りを溜め込んでいるものだと思いますが、そういうことがひとつでもあるならこの本はオススメですよ——と、もうここで書くのも何度目か。

 男性女性ともにお互いに「正反対のことば」をしゃべっているようなもの。
 せっかく思いやりも愛情もあるのに、これでは相手に伝わらない。それどころか誤解しあって諍いにいたる、——博士はその「図」をあっさり示す。
 図は、たいへんにシンプルなものなので、日頃、人間関係の複雑さにストレスを溜め込む身としては、
「たったそれだけのことで、これほどまで人は隔たってしまうのか」
 と呆然とするほど。

「たったそれだけ」ってことは、逆に言うと、ほんの少しのことで人間関係は劇的に改善するということでもありますから、そのあたりには希望をみていただきたい。
 
 基本、「ほとんどの女性が、男性が傷つきやすく、彼らもまた愛情を必要としているのだという事実に気がついていない」——といわれたときは、うーん確かに、と。
 女性が気がついていないというのは、なんせ「異星人」ですからまだわかりますが、問題はむしろ男性たち自身にその自覚がないこと、と博士はおっしゃる。

「大部分の男性は、愛情を分け与えることに飢えている。だが、彼らにとって最大の問題は、自分に何が欠けているかがわかっていないことである。

 彼らは自分の父親が愛情を与えることによって、母親を満足させることに成功した光景を目にした経験が滅多にない。

 そして男性にとって人生の充足感を味わう第一の源泉が、他人のために何かをしてあげることだという事実に気づかないまま、時間を過ごしてしまう場合がほとんどなのである」



 テイラー・スウィフトさんの「Mine」(非公式ですが『和訳』)を聞いても思うけれど、——自分の両親というのは異性関係の「モデル」なんですよね。
 本来ならそこで満たされるものを、こどもはその成長過程で受け取っておきたいところですが、なかなか、これは難しい。

 彼女のようにご両親が離婚にいたった場合、自分も同じようになるのではないか、と深く恐れる、そんな気持ちを持つ人は少なくないと聞きますし——、形式こそ離婚はしなくても、どうにもならない絶望的な断絶を「実感」してしまい、潜在的に怒りをためこんでいる子供もあります——私のように。

 親との関係はやはり影響力は大きいわけですが、だからって親を責めているわけではない。親といえども未熟な人間だし、それぞれの人生を精一杯やっているので、それをいいとか悪いとか責めても意味ないし、恨みはなんの役にも立たない。
(無理に許す必要はない。でも恨みも必要ない)

 ジョン・グレイ博士の貴重なところは、そういう「過去に支配される」ことから抜け出す道はある、と示している点にあります。
 
 いろんなことが、親子間で「連鎖」していく——その影響力は、私どもが考えるよりもずっと強力だな、とあらためて思います。

 と同時に、だからってその支配から逃げられないと思うのも間違っている——これもたしかなこと。

 数世代にわたって延々と続いていってしまう「心の傷」を、このあたりで精算する——傷を癒して、じつは数代まえからつづいている流れを変える、そんなふうになっていけばいいなあと思いつつ、ゆっくりとですが、読んでおります。


 佐々木倫子さんの漫画「動物のお医者さん」に、「ラジカセ犬パフ」くんが登場します。
 みたところなかなか体格りっぱな中型犬のパフくんですが、綱(リード)を古びたラジカセにつながれると、もう綱の長さ以上には動かない。

 怪しい人を見かけると噛みつかんばかりの勢いで吠えまくるパフくんですが、綱の長さ以上には決して動かない。ラジカセがすんごい重石のように見える。
「あのラジカセ、地面に打ち付けてあるのか?」
 と思うくらいですがそんなことはない。飼い主さんが「パフ、お家に入るよ〜」と声をかけながら片手でひょいと持ってしまう(ラジカセですから)。

 それをみて主人公のハムテルくんたちは、「ごく子供の時にああやってラジカセにつながれて、動けない、という思い込みができたんだね」と納得する。
 いまはりっぱな成犬ですから、パフくん、その気になればラジカセを引きずりながらでも走り回ることができるんですよね本当は。
 でも、彼は「あの箱に綱がつながれていると動けない」と思い込んでいるわけです。
 もう自分が大人になっていて、そんなラジカセ、邪魔ではあろうけれど振り回して走り回れるくらいだとは気づかない。

「いつ気付くだろうな」
 とハムテルくんたちは顔を見合わせるのですが。
 ——私どもの多くも、パフくんと同じなんでしょうね。なにかと。(^^;)




  
 
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タグ : 人間

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